リアホナ2005年7月号心に響いた声によって──家族歴史探究の不思議な導き

    心に響いた声によって──家族歴史探究の不思議な導き

    佐久間一浩兄弟 奈良地方部名張支部

    改宗して間もなくのころ(1980年前後),系図活動の存在と重要性を知り,わたしも始めようと決心しました。最初に試みたのが,父方の祖父の除籍謄本を取ることでした。そこで,埼玉県に住む祖母のところへ赴き,情報を集めることにしました。祖母が言うには,除籍謄本は,世田谷区にあるはずだということでした。その帰路に,不思議な経験をしたことを今でもよく覚えています。

    わたしが住む町田へ帰るには,新宿駅で小田急線に乗り換えます。いつもならば,新宿から急行に乗って35分で帰り着けるのですが,その日はどういう訳か各駅停車に乗りたくなり,町田まで1時間以上かかる電車に乗りました。車中,祖母から聞いた先祖の方々の話に思いをめぐらしていたときだと思います。新宿から15分ほどの(各駅停車しか止まらない)梅ヶ丘駅で,突然わたしの心の中に「この駅で降りなさい!」という声を聞いたような気がしました。わたしは咄嗟にその駅で降りてしまいました。電車のドアが閉まるのを見つめながら,「どうしてここで降りてしまったのだろう」と自分に問いかけました。駅にポツンと残されたわたしは,町田までの切符の料金が無駄になるのを知りながら,なぜかその駅で降りる気になってしまいました。不慣れな場所にもかかわらず,駅を離れて気の向くままに初めての通りや路地をまるでどこかを目指すかのように歩いて行きました。15分ほど歩いた交差点で立ち止まり,信号を見上げると,『世田谷区役所分所前』という看板が目に入りました。「ああ,ちょうどいい。おじいちゃんの除籍謄本がここにあるかどうか尋ねてみよう」と思い,祖母から聞いた“世田谷区代田一丁目”の住所で孫として除籍謄本の発行を戸籍係へ申し込みました。この場所一帯は,東京大空襲で焼けてしまい,今は跡形もない祖父の家のあった住所でした。しばらくすると,わたしの祖父の謄本は見つからないから住所の間違いだろうと告げられました。また,世田谷区の戸籍は区役所と数か所の分所に別れているので,他の分所等にあるかもしれないが,戦争前の住所のため,どこにあるはずかを見つけるのも難しいだろう,と教えられました。そこへ辿り着く経緯が尋常のことではなかったため,きっと手に入ると期待していたわたしは,その言葉に失望を感ぜざるを得ませんでした。しかしほかに方策もないため,結局あきらめて帰ることにしました。

    しかし,分所を後にし,建物を振り返ったとき心の中に,「もう一度戻って尋ねてみなさい!」という声が聞こえた気がしました。そこで無謀にも戸籍係へ戻り,祖母から聞いた住所に間違いないはずだからもう一度調べてもらえないか,と頼みました。係の方はちょっと迷惑そうな顔で,しぶしぶ,無いはずの謄本を確認しに行ってくれました。ところがしばらくして戻って来ると今度は様子が違っています。なんと,謄本があったと言うのです。戦後の謄本整理で,焼けて無くなった一丁目の分はそっくり現在の二丁目に移されていたとのことでした。手に入れた謄本を見ると「壱」に斜線が引いてあり,「二」に書き換えられていました。こうしてわたしは祖父の除籍謄本を手に入れることができました。得られた情報自体はわずかでも,そこに至る不思議な導きに感謝しています。先祖の方々がわたしに向けて「わたしたちの救いの儀式を待っているよ」というはっきりとしたメッセージを聞いた気がしてなりません。◆