リアホナ2015年10月号 彼はリボンをつけた特別な贈り物です

    彼はリボンをつけた特別な贈り物です

    自閉症の息子を育てて─八戸支部 木村ひとみ姉妹

    とても難しい自閉症

    二男の廉兄弟が重度の知的障碍を伴う自閉症と診断されたのは3歳半のときだった。木村ひとみ姉妹は,それまで勤めた看護師の仕事を辞めて息子の世話に専念する。自閉症の障碍の特性は個々により違うが,廉兄弟は専門家から「いろいろな心理が屈折した,とても難しい自閉症ですね」と言われてきた。

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    「難し」さの極めつけは破壊行為であり,ずいぶん早くから見られたという。「ジュースはこれで終わりね」など少しでも制止の言葉を使おうものなら,庭に面したアルミサッシの掃き出し窓に突進し,足蹴りをする。一撃で割れたガラスの破片が飛び散り,騒然となる。ひどいときにはガラス割りは毎日続いた。壁には大きな穴が開き,電球も払い落とされた。障碍がもたらす言動に家中が翻弄された。

    養護学校に入ると,廉兄弟の関心は外に広がっていった。戦闘ヒーローが大好きで,ビデオショップやスーパー,本屋をめがけて飛び出していく。記憶力が良いので迷子にはならないが,一度飛び出すと帰って来ない。年齢とともに周囲に迷惑をかけることが増え,警察にも頻繁に保護された。教会に行ってもじっと座っていられない。走り回ったり,集会中のドアを突然開けたりする。別室で彼を押さえていても,部屋を挟んだ礼拝堂まで叫び声が響く。親子も苦しかったし,周りにも申し訳ないと思った。当時支部会長をしていた夫の木村秋夫兄弟は,一人で息子を見切れなくなりつぶされそうになっている妻の願いに応え,安息日は共に自宅で息子をみることを選択した。廉兄弟が小学5 年のときだった。

    中学1 年になると身長は170cmを超え,ひとみ姉妹よりはるかに大きくなった。突然の飛び蹴りや容赦ないパンチを向けられると,身の危険を感じて腰が引けてしまう。それがまた彼を刺激する。次第に家での生活が成り立たなくなり,廉兄弟は北海道の自閉症専門の施設で13 歳から20 歳まで暮らすことになる。

    「お母さんは来ないで」

    木村夫妻は毎月フェリーで北海道に行き,レンタカーを借りてドライブをした。廉兄弟は面会前になると,「あそこでパンを買って,次は本屋さん」と計画を立てる。予定していた本がないと,手ぶらで帰すのはかわいそうという母心から,ひとみ姉妹はほかの本を勧めたり別の本屋に行く。

    「お母さんイコール“変更”※ 1 なんですよね。もっと買ってもらえると期待が膨らむと,廉はいらいらしてわたしをやっつけたくなるんです。」買った本は,ほんの小さな切り抜きを残して,あとは細かくちぎって捨てる。好きなものも,そばに置くといらいらするので結局捨ててしまう。するとまた欲しくなる。

    18 歳のときだった。夫婦で面会に行ったら,突然廉兄弟がひとみ姉妹に殴りかかった。「お母さんを見るといらいらする。もう来ないで。」施設の職員からも「面会が近づくといらいらして,体調を崩してしまいます」と,母親の面会禁止が告げられる。

    「面会はうれしいけど,いらいらの方が強くなると線が引かれる。この人はいらいらさせるからもういい,遠ざけたいという気持ちなんでしょうね。」線を引くのは,彼の精いっぱいの意思表示だ。

    「廉ハウス」での生活

    北海道の施設は児童施設のため,20 歳になると出なければならなかった。ひとみ姉妹は何十か所もの施設に問い合わせてみるが,どこにも門戸を開けてはもらえない。専門家に相談すると「八戸の自宅はネガティブな記憶があるから難しい。一人で暮らすのはどうか」と提案される。木村夫妻は息子が心穏やかに過ごせるようにと,自宅から車で20 分の所にある人里離れた場所に家を建て,そこを「廉ハウス」と名付けた。長期休暇には帰省するものの7 年間も施設に預けていた負い目もあり,親としてできる限りのことをと,キッチンも風呂場も立派なものにしたという。朝と夕方はヘルパーにみてもらい,昼間は福祉作業所に通う。夜間は夫と長男が,週末は夫が世話をする。使える制度を全て使って「廉ハウス」での生活がスタートした。 

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    4 年目に入ると,ヘルパーの時間制限により,やむなく自宅に戻って過ごす時間が増えた。ビデオショップや本屋のある刺激的な環境,既に線を引いた母親との暮らし─結果は火を見るよりも明らかだった。やがて生活が崩れ始めた。

    「今までで一番辛かったのは,目の前で爪を剥がれたことです。」廉兄弟は母親に背を向け,歯を使って自分の爪を全部剥いでいく。こうと決めたら制することはできない。「心臓を素手でぎゅっとつかまれたらこんな感じになるのかなと。胸が押しつぶされそうな,息ができないような気持ちになって。これが続くと親は病んでいくんだな,と思いました。わたしが原因でこの子は我慢をして,我慢が限界になると自分の爪を剥いでいくんです。」母親を殴ると大事になるから矛先を自分に向ける。生えてきてもまた剥ぎ取る。これでもかと自分を追い詰めていく姿に,打ちのめされる思いだった。

    破壊行為もひどくなった。「廉ハウス」のドアはなくなり,冷蔵庫,洗濯機,吊り棚,引き戸,エアコン,パネルヒーターも壊した。照明は早い段階で叩き落とされたため,食事や入浴のときはスタンドの光に頼った。良かれと思って備えた全てが破壊され,快適にと思っていたことが仇となった。その頃,ずっと子育てを助けてくれた祖母が認知症となり,祖母の介護と息子の世話でひとみ姉妹の体重は半年間で10kgも減った。心身ともにぼろぼろだった。

    やがて祖母が寝たきりとなり施設に入所すると,廉兄弟の精神状態は限界になり,夏くらいからひとみ姉妹に向かってくるようになった。「2 階の窓がガラッと開いたと思ったら,キーボードやいろんなものが庭に落ちてくるんです。わたしに対して怒っているんですよね。」ヘルパーが間に入ってくれようとするが,もはやガードし切れない。攻撃は自分だけに向かった。なるべく顔を合わさないよう,ヘルパーに外に連れ出してもらっている間に食事の準備をして,息子が帰って来る前に家を出る。緊迫した生活が続いた。

    限界を迎える

    涼風がそよぐ10 月初旬のある日。「廉は椅子を振り上げて,本気でわたしに向かってきました。」180cm, 80 ㎏の体格。

    その形相に尋常でないものを感じ,ひとみ姉妹は命からがら外へ飛び出した。息は切れ,早鐘のように打つ心臓。教会から夫に電話した。「もう今日で無理だよ。これから強制入院を頼むから,お父さんお願い,廉を迎えに来て。」入院許可をもらうと,仕事で青森に出向していた木村兄弟は,八戸の自宅まで車で駆けつけた。その間ヘルパーに息子をドライブに連れ出してもらい,ひとみ姉妹は急いで家に戻り衣装ケースに彼の荷物を詰め込んだ。

    陽はとうに落ちていた。木村兄弟の運転で病院に着くと,廉兄弟は保護室に通された。床も天井も壁もむきだしのコンクリート,便器が1個置かれただけの個室─木村兄弟は絶句した。「なぜこの子がこんな部屋に……。」胸が締めつけられた。入院手続きをして諸々の説明を受けると木村兄弟は,入院することを聞き分けコンクリートに敷かれた布団の上でおとなしく座っている息子に,おやすみを告げた。背後で鍵がかけられる音が聞こえる。急いで車に乗り込み,声をあげて泣いた。息子の温もりがまだ残っている助手席……。暗い夜道を一人で車を走らせながら,人生でかつてなかったほど大泣きをしたという。この4年間の週日の大半,仕事を終えると青森から2 時間かけて「廉ハウス」に行き,朝5時にはまた職場に向かう日々。週末はずっと息子と二人きりの生活を重ねた。大変だったが,かけがえのない時間でもあった。

    障碍者施設で働いていた長男の燈兄弟にも連絡を入れた。「いよいよ今日から病院に入ったよ。今まで廉を見てくれて本当にありがとうね。」大事なCDを壊され本を破かれていらだったり,「廉,廉って,こんな家にいたくない」と反発したこともある。それでもパニックになってひっくり返っている弟を運んだり,家を飛び出したら捜し歩き,警察に補導されると父親代わりに頭を下げてくれたりもした。ショートステイに預けたとき,弟を不憫に思って泣いてくれたのも兄。母には知り得ない,一人きりの弟への思い。燈兄弟もまた,運転している車を止め,吐きそうになるほど号泣した。

    「病院に入れるなら死んだ方がいいと思っていたのに,わたしがもうだめ,って手放した。自分はここで生きていていいんだろうか。わたしが親でなければ……。」ひとみ姉妹は激しく自分を責めた。「福祉の助けと,わたしたち家族が手を尽くしてやっと生活してきた,生産性マイナス200%の息子」─その息子が家族一人一人にとってどれほど無条件に愛おしく,大切な存在であったことか。家族それぞれが,悲しみと不憫さと無念さと自責の念にかられながら,眠られぬ夜を過ごした。

    廉兄弟の世界を理解して

    ところが1週間後,面会に行ってひとみ姉妹は驚く。「あの子はすごくすっきりした顔をしていて『廉はここにずっといる』って言うんです。コンクリートの部屋にですよ。『ハウスには二度と戻りません。八戸は終わりました。』そうきっぱりと言うんです。何もないから,分かりやすい生活※ 2 だったんですね。」

    薬の調整などをして状態が落ち着くと,医師からは「病気じゃないんだから,1か月後を目安に退院してください」と言われた。しかし,どうしても受け入れ先が見つからない。一日も早くと迫られ,家に帰されたら死ぬしかないというぎりぎりまで追い詰められた。3か月後,重度の自閉症を受け入れてくれるグループホームへの入所が決まったときは,奇跡だと思った。現在,廉兄弟は良い支援を受けて落ち着いた生活をしている。自傷や破壊は時にあるが,散歩に行ったりケーキを作ったりしながら,穏やかに暮らしているという。毎月ホームからの便りが届き,作品も送られてくる。

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    「結局,廉を自閉症として理解してあげられず,わたしたちの豊かさの基準を与えようとしていたんですね。それがわたしたちの愛だと思っていました。施設での生活は制限が多く死ぬまで出られないから可哀想だ,などと一方的な考えを持っていました。

    あの子は制限された生活の中で,穏やかで快適に過ごしていたんですよね。廉は分かる範囲で生活したいのに,わたしたちが分かりにくい生活を与えたんだと思います。」

    廉兄弟がまだ幼い頃,ポケットに葉っぱをいっぱい重ねて持って来たことがある。すごく大事そうにしていたので,ひとみ姉妹は「それ,どうしたの」と尋ねた。「木からもらった」─なんて清い,神様に近い言葉だろう。心が洗われ,癒される思いだった。「廉ハウス」には宝のような思い出もある。廉兄弟が待っているのに長話をして約束した時間に遅れ,夫に怒られたときには,「廉が主人のそばに寄って,『お母さん,赦してあげる』って言ったんです。その日は母の日でした。一生忘れません。」本当は平和に穏やかに過ごしたいのに,障碍や環境がそれを妨げている※ 3 だけ。線引きも,心を静かに保つ手立てなのだ。

    「思えば廉が攻撃的になるのは,いつも体調の悪いときでした。自傷が激しくなるのも,ストレスを受けて弱っているときでした。」爪を剥ぐ姿に耐えられず「爪が生えてこない薬を下さい」と訴えたとき, 主治医に諭された。「爪が生えなくなって,この子のストレスが取り返しのつかない自傷になったらどうするの?」自分の価値観で考える愚かさの繰り返し……。「廉に『いつもごめんね』という気持ちがあります。廉は持てる力は小さいけれども,神経を張りつめて,持てる力を使って精いっぱい生きていると思います。」

    自分の力の限界と, 御心を知る

    「お母さんは何でも廉のためにやっている。その祝福は廉に下さい, と祈るのはおかしい。」燈兄弟からそう言われても,親の気持ちなど分かるか,と思っていた。「爪なんか剥がされたら生きていけない。御心のままに,なんて絶対祈りたくなかった。祈りが叶わなければ断食をする。祈り倒すような,説得するような求め方をしていました。」だから,何をしても平安はなかった。

    「やっぱり御心がなるように,と祈らないと平安は来ないんじゃないかと思って, 2 年前から祈りを大きく変えました。どんなことが起きても耐えられる自分でいられるように,何があってもそれが御心だと受け入れられるようにって。」

    主を信頼する信仰を働かせると,心に平安が宿るようになった。「神様はちゃんと廉のことを見て,愛してくれているんですよね。わたしは高慢で信仰がなかったなと思います。試練って自分と向き合うことなんですよね。」苦しみをより堪え難いものにしていた,強すぎる願いと自分の思いと不信仰。

    「自閉症はよくならなかったけど,重い障碍を抱えながらも生きていける道を,主は常に備えてくださいました。生活がだめになったのも主の御心だったと思う。あの生活が続いていたら,夫は事故を起こしたかもしれません。」主は家族一人一人を救い出し,この経験でしか学べないことを豊かに学ばせてくださった。願ってもどうにもならないことがあったからこそ,自分たちの力の限界を知り,主に頼ることを学び,人に仕えることで得られる平安を知った。「廉が来てくれてよかった。彼はリボンをつけた特別な贈り物です」と夫妻は語る。自分たちが彼に与えたのではない。家族を強め,福音に結びつけ,生活を豊かにしてくれたのは息子の方だった。主の御心が少し垣間見えた気がした。

    福千年を待ち望む

    「こんな自分なんか愛されていない,と思うじゃないですか。でもこの子を思う気持ちから,神様はわたしを忘れていないということに気づくんです。廉とはこれから何十年も会えないかもしれないけど,絶対死ぬまで忘れないでしょう。神様にも今は会えない。そうしたら,この子を思えば思うほど,神様もわたしが死ぬまで何十年会えなくても,決して忘れないということを知ることができるんです。」ひとみ姉妹の声が震え,涙が溢れた。本当はすぐにも駆けつけて抱きしめたい息子。救いの計画がずっと家族の支えだった。「福音を知って本当によかった。福千年で障碍から解放された廉に会えるのが,楽しみでしかたないです。」

    ひとみ姉妹は今,これまでの経験を生かし,八戸市自閉症児(者)親の会の事務局青森県自閉症協会の強度行動障害部会担当幹事として活動し,同じ障碍のある子供を持つ親に寄り添い,少しでも良い支援が受けられるようにと奔走している。◆

    ※1─自閉症の人は一般に,生活環境の変化や,計画や予定を急に変更されるのが苦手である

    ※2─ 自閉症の人は一般に,決まった生活パターンを繰り返すことに安心を覚える

    ※3─自閉症の人は,しばしば感覚過敏を伴う。視覚,聴覚,触覚,味覚,嗅覚の五感のいずれかが過敏で,通常の生活環境で暮らすことに非常なストレスを感じることがある