リアホナ2015年2月号 家族の行く末を変えた夜

    家族の行く末を変えた夜  

    松永 昴兄弟 (武蔵野ステーク府中ワード)

    松永 昴兄弟 (武蔵野ステーク府中ワード)

    11年前,当時小学校高学年であった昴くん※の中には,二つの疑問が芽生えていた。

    一つは幼い頃から母親になぜか,お茶とコーヒーを飲むなと勧められてきたこと。もう一つは学校で時々「神様」という言葉が出るときになぜか,一つの彫像の映像が脳裏をよぎること。もちろん神様について深く考えたことは一度もない。だが友達との何気ない会話の中でそういった単語が出てくるとき,彼の中の神様についてのイメージはいつだって,大きく両腕を広げた真っ白な人だった。

    冬のある日のこと,表が暗くなり,夕食が出来てさぁ食べようというときに玄関のドアがノックされた。昴くんの母親は聴覚に障害を持っており,彼と母親が一緒に玄関まで赴く。ドアを開けると,まず目の前に飛び込んできたのは真っ黒なベルトと,真っ白なワイシャツ。見上げると,白い歯が全部見えそうなくらい大きな笑顔を携えた外国人の姿があり,さらにドアを開くともう一人の外国人。そしてドアを開け切ったときに最後に見えた日本人。三人の見知らぬ人物の来訪に昴くんはどうしても笑顔を作れず,怪訝な表情をしてしまう。

    「こんにちは,松永姉妹ですか?わたしたちは教会の者です。」電車でよく見るようなサラリーマン風スーツ姿の日本人から,柔らかい声が紡ぎだされる。少し話した後,日曜日に教会でまた会う約束をして彼らは帰って行った。ドアが閉まるや否や,昴くんは母親に尋ねる。「教会って?」すると,7年以上もの間行っていなかったが,以前は家族で教会に集っていたというのだ。

    久し振りに教会へ行くことになり,母親に同行した昴くんは白い建物を不思議そうに見上げた。先日家に来てくれた本多兄弟と宣教師の二人を交えて話す。母親の目はとても輝いていて,手話通訳するたびに彼らの話に大きく頷いていた。

    ほどなく,昴くんと妹の瑠菜ちゃんは宣教師からレッスンを受けるようになった。アニメのキャラクターをモチーフにして教えられる救いの計画に興味深々で、「神様はいますよ」という片言の日本語を聞き,今まで考えていた神様に対する思いが変わる。「それまでは,神様はいると思っていましたけど確信がなかったんです。その言葉を聞いたとき,そうなんだって素直に受け入れることができたのは,きっと彼らのことを子供心に信頼していたのでしょう。」

    そして,ある写真を見せてもらったとき,昴くんの口から思わず声が上がる。「この写真知ってる!」それはテンプルスクウェアにある真っ白なイエス様の像,神様と聞くといつも思い描いていたイメージそのものだった。

    知恵の言葉について聞いたときには,お茶とコーヒーを飲まないように母親が勧めてきた理由がやっと分かった。同時に,自分たちの家族は確かに教会に行っていたのだと確信させられる。

    レッスンが進む中,宣教師に尋ねられた。6月に瑠菜ちゃんが8歳になるのを機に,昴くんと瑠菜ちゃんで一緒にバプテスマを受けないかと。「どうしようか」母親に問いかけると「バプテスマしたい?」とだけ手話が返る。─それは自分で決めることなのだと理解した。5秒ほどの間を空けて彼はうなずき,妹もそれに続く。

    2003年6月15日,武蔵野ステーク府中ワードで彼らはバプテスマを受けた。その後しばらくして昴くんは母親から,彼が赤ちゃんのときにユタ州のテンプルスクウェアへ行ったことがあると聞かされた。彼自身に記憶はなかったのだが,そのときに見たであろうイエス様の像が彼の中に残っていたのだ。

    それから10年近くの月日が流れ,本多兄弟はビショップとなり,昴兄弟が専任宣教師の召しの申請について本多ビショップと話す時が来た。その際,あの最初の訪問の日についての新たな事実を聞かされることになる。「わたしたちは,ある一人の姉妹が教会に来ていないにもかかわらず,教会の機関誌を毎月購読していることに気がついたのです。そうして行ってみることにしたのが松永家でした。」

    そう,母親の松永姉妹は長い間教会から足が遠のいていたが,信仰を捨ててはいなかった。昴兄弟がビショップの話を伝えると,母親は笑って手話を返した。「あのとき,実は毎日神様に祈っていたのよ。教会に行きたいです。でも行く勇気がありません,って。それで来てくれたのが本多兄弟と宣教師だったの。」昴兄弟にはすべてが初耳だった。「神様が導いてくれたからなんだ,そう思いました。あの夜も,偶然か必然か本多兄弟がいてくれた。もし彼がいなかったら,わたしは大きい外国人が怖くて,何も言わずにドアを閉めていたと思います。そうしたらわたしは今,こうして教会員になってはいないし,伝道にも出ていないでしょう。」

    天のお父様がいつ祈りにこたえられるのか,人の目には分からないかもしれない。しかし,それは一番良いタイミングで訪れる。教会員と宣教師の協力が,一人の母親の祈りへの答えとなり,一つの家族を永遠の道へ導いたのだ。◆