リアホナ2014年12月号 心を向ける,心を変える

    ◉ 心を向ける,心を変える

    家族歴史が,日本の人々の心を変えます

    ─伝道と家族歴史 東京南伝道部専任宣教師 ライアン・デビッド・ロックウッド長老

    東京南伝道部では,扇形ファミリーツリーのちらしと『わたしの家族』の冊子を使って,家族歴史を切り口にした伝道を伝道部全体で積極的に行っている。宣教師自身の家族歴史や家族の写真を見せ,先祖を話題にして話しかけることで,これまでより街頭や戸別訪問の場で話ができることが多くなった。「仏教徒なので……」と宣教師の話を聞いてくれなかった多くの日本人が,先祖や家族歴史の話題には関心を示す。続けて接触できるチャンスも増えた。この取り組みに至った経緯を伝道部会長補佐のライアン・D・ロックウッド長老に尋ねた。

    「索引作成」の奉仕に始まる心の変化

    16 歳のときにライアン青年は,父親の仕事の関係で1 年間ドイツに暮らした。父親は教会の家族歴史部,国際部門のディレクターだ。しかし,ライアンはステークの家族歴史の活動やefy のファイヤサイドに参加したことはあるものの,父親から家族歴史をしなさいと言われたことは一度もない。ドイツの高校に編入した高校3 年のとき,25 時間の奉仕プロジェクトを行うという課題が出された。どういう奉仕をしようかと思案した結果,「ああそうだ,索引作成※ 8 をしよう。これしかない」と思い立った。ライアンは,学校の先生にこの教会のプログラムについて説明して許可をもらい,作業に取りかかった。詳しいことは覚えていないが,黙々と取り組んだこと,地道な作業だったがとても楽しかったという印象が残っている。「これがわたしにとって初めての家族歴史の活動でした。知らない人のための奉仕でしたが,家族歴史が重要だとはっきり認識しました。」

    ドイツからアメリカへ戻ると,自分が生まれる前に亡くなった父方の祖父について知りたいという思いが湧いてきた。これまで写真でしか見たことのない祖父。どんな子供時代を過ごしたのだろう。どんな人だったのだろう。興味は尽きなかった。祖父について父に尋ねると,父は昔を思い出しながら,懐かしそうに色々なことを話してくれた。「おじいさんがいつも家族に言っていた言葉は『預言者と使徒に従いなさい』だったよ。」そう聞いたとき,ライアンは自分に言われたように感じ,胸が熱くなった。自分も祖父の言葉に絶対従おうと思った。母方の祖父にも会って話を聞いた。祖父とともに時間を過ごし,昔の話を聞くことに大きな喜びを感じた。その一方で,宣教師に絶対になると幼いときから決めていた思いが,さらに強くなっていくのも感じていた。ライアンの心は先祖に向かい,福音に対する関心が広がり,変化していった。伝道について思い巡らす日々が続いた。

    日本での伝道に家族歴史を使いたい

    高校を卒業して2 か月後,日本への伝道の召しの通知が届き,晴れて“ロックウッド長老”となる日が来た。周りの人からは,「日本での伝道は難しい。『仏教徒だから結構です』と言われるよ」と聞いていた。キリスト教の文化的背景がない日本人にどうしたら福音を宣べ伝えることができるだろうか。

    しかし少し考えた後,その不安はすぐに希望と確信に変わった。「日本人は仏教を信じているので,先祖を大切にしている。だから,日本人が先祖についてもっと知り,先祖に心を向けることができたら,伝道に役立つのではないだろうか。」

    伝道に家族歴史を用いるという話はこれまでも聞いたことはあった。ロックウッド長老にとってはまだ試したことのない未知の経験だ。それでも,「伝道に家族歴史が役に立つということを,わたしは既に心で知っていました」と証する。ずっとそばで見てきた父の働き。繰り返し聞いた父の証。「わたしは父の証を信頼していました。」父から受け継いだ家族歴史への証が自分を奮い立たせた。

    宣教師訓練センターでは教師たちにいつも,「あなたが宣教師だったとき家族歴史を使って伝道していましたか」と尋ねた。ロックウッド長老は,家族歴史が伝道にどのように使えるのか,実践した人から直接教わりたいと切に願っていた。『わたしの福音を宣べ伝えなさい』を熱心に研究した結果,伝道に家族歴史を使うようにという勧めが何か所にも書かれていることも確認した。「どうしたら効果的に使えるのだろう。」答えが得られないまま,長老は日本へと向かった。

    先祖について語ることで橋を架ける

    ロックウッド長老と同僚は,手探りで家族歴史を使った伝道を始めた。「仏教徒だから,結構です」と言われたら,「先祖を大事にされているんですね」と関心と尊敬の気持ちを示すようにした。このやり取りで,たいていの人が足を止めてくれる。iPad にある家族の写真を順番に示しながら,「これはわたしの家族です。これはわたしの祖父です。祖父はわたしが生まれる前に亡くなりました」と続ける。「祖父はたくさんの良いことを父に教えました。良い親子関係だったので,父は祖父からたくさんのことを学びました。そして,父もわたしに,『おじいさんならきっとこう言うよ』と同じことを教えてくれます。わたしは祖父に会ったことはありませんが,いつも彼から教わっていると感じています。」ほとんどの人が写真に見入り,真剣に耳を傾けてくれる。自分の先祖について語り出す人もいる。

    「クリスチャンと仏教徒は全然違います。でも,クリスチャンとして先祖について話したら,(両者の間に)橋を架けることができると思います」とロックウッド長老は言う。亡くなった祖父を慕い尊敬している気持ちが,人々の心を動かし,互いを隔てている壁を取り払い,心が一つになってい

    くのを実感する。話すたびに募る,いつか祖父に会いたいという望みは,救いの計画を教えるときに力強い証となり説得力となる。救いの計画は個人的なもの,身近なものだ。だから「一般的な計画ではなく,個人的な証やわたし自身の言葉を通して救いの計画を教えます。」ロックウッド長老は,家族歴史と伝道という二つの強力な組み合わせの効力を実感している。

    「わたしの家族」を使った伝道の「奇跡」

    2014 年4 月,藤沢ステークの大和ワードで伝道していたとき,教会の家族歴史部の杉本圭司部長からロックウッド長老へ電話がかかってきた。杉本兄弟は,「日本で『わたしの家族』(小冊子)を使ってどのように伝道できるだろうか」とロックウッド長老の父親に相談を持ちかけた。彼の息子が東京南伝道部で伝道していると聞いたとき,「祈りの答えだ」と思ったという。二人は早々に会い,『わたしの家族』を効果的にどのように使えるかを話し合った。

    『わたしの家族』の冊子をたくさんもらって意気揚々と伝道部に戻ると,ロックウッド長老はすぐに行動を開始する。和田貴志伝道部会長から計画の許可を得,自身の扇形のファミリーツリーを完成させた。そして東京南伝道部の宣教師たちに,家族歴史を切り口とする伝道の方法と『わたしの家族』を使った伝道の方法を説明する。宣教師たちはまず,自分のファミリーツリーを調べることと,『わたしの家族』の物語を書くことを勧められた。

    ほどなく町田ステークで,『わたしの家族』を使った伝道が開始される。5 月には宣教師20人が人通りの多い駅付近に集まり,家族歴史だけに集中した伝道を3 時間行った。ロックウッド長老も計画の段階から合流する。街頭伝道,戸別訪問,ちらし配りに分かれて伝道した結果,200人の人々が足を止め,家のドアを開け,家族歴史の話に耳を傾けた。1 組の姉妹宣教師が戸別訪問をしたところ,初めは全ての家で断られた。しかし,「先祖について話したいのですが」と言うと全員がドアを開け,その多くが自分の先祖や家族について話してくれたという。宣教師が手にしている小冊子『わたしの家族』に人々はとても関心を寄せ,それを欲しいと思っている,と別の宣教師は報告した。

    ロックウッド長老と同僚は,小さな子供を連れた30 歳くらいの若い夫婦と話した経験を語る。夫婦が先祖についてしばらく話すのを聞いた後,ロックウッド長老は二人に尋ねた。「あなたの子供たちはその話を知っていますか。」

    「えっ,言ったことはありませんけど。」

    驚く彼らに長老は続ける。

    「それを子供たちに伝えたら,どのような影響があるでしょうか。直接先祖に会えなくても,両親が先祖の話を伝えたら,子供たちもきっと学ぶと思いますよ。」

    彼らの表情がみるみる変わっていった。御霊により心が動かされたことは明白だった。長老は彼らに『わたしの家族』を渡し,次に会う機会を作ったという。

    八王子,甲府,横浜の山手などでも相次いで,家族歴史による伝道が行われた。甲府では,家族歴史の話に300人が関心を寄せて宣教師から話を聞いた。こうしたささやかな「奇跡」が伝道本部に今も多く報告されている。

    思い出を書き込むとき,心が変わる

    最近,ロックウッド長老と同僚は街頭で山本さん(仮名)という既婚男性と出会った。楽器の好きな彼と一緒に賛美歌を演奏し,賛美歌の歌詞について話をしてからレッスンが始まった。ところが数日後,硬い表情の山本さんがやって来てモルモン書を宣教師に返した。「わたしの母は仏教徒なので,これを家に置くわけにはいかないのです。」長老たちは返す言葉が見つからず,彼が教会を出て行く姿をただ見送るしかなかった。彼のために何ができるか,一所懸命祈り求める日が続いた。

    そんな折,吉祥寺ワードの評議会で夏祭りの計画が話し合われた。ロックウッド長老と同僚は,宣教師にも家族歴史のブースを持たせてほしいと申し出た。

    夏祭りの当日,山本さんは一人でやって来て家族歴史のブースを訪れた。電話で連絡はしていたものの,どうして教会に来てくれたのか─不思議に思いつつも歓迎し,『わたしの家族』を渡して簡単な説明をする。すると山本さんは冊子にじっと見入って,「もっと親戚について調べたい」と漏らした。ロックウッド長老は非常に驚き,御霊を強く感じた。「ああ,これがレッスンを再開する方法だったのだ。わたしたちは家族歴史を通して彼を教えなければ。」祈り求めた答えだった。「じゃあ,これからは『わたしの家族』に書き込んでいきましょう。」

    こうしてレッスンが再開する。最初の頃は出生場所などの情報しか書かれていなかった。「ご両親との経験を思い出して,『大好きな話や思い出』の欄に記入してくださいませんか」と勧めた。翌週,山本さんはその欄に少しだけ書き込んできた。

    「ご両親について書いたときどのように感じましたか?」 ロックウッド長老が尋ねると, 彼は後悔の色をにじませて答えた。

    「もっと話をすればよかったと思います。……両親に,『人生で一番つらかったのはいつか,一番幸せだったのはいつか』と聞いておきたかったです。今は本当に両親に感謝しています。」

    彼の両親が既に亡くなっていたことを長老たちは初めて知った。そのとき,こう質問するように御霊が促す。─「山本さん,ご両親にもう一度会えると思いますか。そのことを考えたことはありますか。」

    「はい,母が亡くなってから,いつ会えるのだろうかとずっと考え続けてきました。会って感謝の気持ちを伝えたいです。」

    「もう一度会えますよ。」長老たちは心を込めて証した。

    マラキの預言は真実です

    「わたしが何も知らないところで, 神様は山本さんによく関わってくださっています。家族歴史に取り組むことで御霊を感じ,真理について深く考え始めました。」

    ロックウッド長老は,会員でない人の心が先祖に向かう奇跡を見てきたことで,「彼は先祖に与えられた約束を子孫の心に植え,子孫の心はその先祖に向かうであろう」※ 9 とのマラキの預言が真実であるという確かな証を得た。家族歴史は人の心を先祖に向けるだけでなく,イエス・キリストに向かうよう助けてくれる。十二使徒のベドナー長老はこう語っている。「福音を宣べ伝え,死者を捜し求めることは,互いに補完し合う一つの偉大な業であり,誠実に真理を探求する人の心を変え,先祖に向け,清めることを目指す愛の働きです。」※ 10

    「神様は,先祖を通して日本人に愛を示し,助けておられると思います。これは日本人にとって祝福です。家族歴史を通して福音を受け入れる準備ができるからです。」そうロックウッド長老は力を込めて証する。「祖父がわたしを助けてくれていること,わたしの働きを喜んでくれていることを感じます。」

    「使徒と預言者に従いなさい」と教えてくれた祖父が,家族歴史だけでなく,全てのことに手を差し伸べてきてくれたと感じている。伝道は2 年間で終わるけれど,家族歴史の影響は先祖や子孫に至るまで永遠に続く。神様の壮大なビジョンに圧倒される思いだ。ロックウッド長老は伝道を終えたら,まだ調べられていない先祖を調べようと決意している。◆