末日聖徒イエスキリスト教会(モルモン教)リアホナ2013年12月 御霊の導きに従って行動する

    御霊の導きに従って行動する

    中央若い男性会長会第二顧問,ランドール・L・リッド兄弟のディボーショナル

    わたしの召しはとてもすばらしいものだと思っています。なぜなら,毎週異なるワードに集ってアロン神権者たちと会うことができるからです。」リッド兄弟は壇上からこのように話し始める。ここしばらくの青少年を取り巻く数々の変化─神への務めプログラムの変更,『若人の強さのために』冊子の刷新,そして宣教師の年齢の引き下げ発表,新教科課程『わたしに従ってきなさい』の開始─を振り返ってリッド兄弟は,「それは宣教師たちがもっと若い年齢で伝道に出られるように,主がそこに一つここに一つと準備してくださっていたものです」と説明する。そしてリッド兄弟は,その後の人生を形作ったという自身の伝道の経験を語る。「たくさんのことを学びましたが,特に,御霊に従うことを学びました。」

    「わたしはすぐに伝道に出るような若い男性ではありませんでした。」リッド兄弟は苦学生だったという。両親も伝道を強くは勧めなかったし,教育を受けることをとても大切に思っていた。つきあっている女性もいた。そうした状況で伝道に出るのは「難しいことですね」とリッド兄弟は言う。

    大学に1年通って軍隊に入り,除隊後に大学へ戻った。軍隊で身に付けたエックス線技師の技能を生かして病院でアルバイトをし,奨学金を受けて学業を続けた。

    しかし,ビショップとアルバイト先の外科医に「なぜ伝道に行かないのですか?」と問われたことで,伝道に行くべきかどうか真剣に祈り始める。「なかなか答えは来ませんでした。しかしいろんな考えが浮かんできました。たとえばこの世の人生が終わったときにどんなことをしていたらよかったかと思うか,など……いちばん大切だと感じたことは,主はわたしに何を望まれているのかということでした。そう考えたときにすべてが変わりました。わたしが学んだことは,主はそういった思いや考えをわたしたちに与えてくださる,わたしたちはそれに従う信仰と勇気を持つ必要があるということです。」

    主はダビデに,ゴリアテを倒す方法を詳細にわたって教えられたわけではなかった。「主は細かいこと,詳細までをわたしたちに教えてくださることはなさいません。わたしたちが成長するために必要なことを教えてくださるのです。……例えば赤ん坊が生まれてから最初の3年くらい,ずっと抱いてあげていたらその赤ん坊は歩くことを学ぶでしょうか。わたしたちがこの地上で学ぶ最も大切なことの一つは,聖霊がどのようにわたしたちに働きかけるのか,そしてそれにどのように従うかです。伝道はとてもすばらしい期間です。なぜなら2年もしくは1年半の間,主の戒めに従うことを,また主の御霊に従うことを学ぶことができるからです。また間違いを犯すこともありますが,わたしたちはそこからも学びます。」

    リッド兄弟は伝道に出ることを決意し,メキシコ伝道部に召された。

    外国語を学ぶことは簡単ではなかった。また教える求道者がなく,リッド長老と同僚は断食して祈っていた。懸命に働いたけれども成果はなかった。あるとき,スプリット(普段の同僚と分かれて別の宣教師と一時的に組むこと)して車で伝道していたリッド長老は,メモを見るために停車し,それから車をバックさせた。そのとき車の

    下から大きな泣き声がする。歩けるように

    なったばかりの小さな男の子が車の下にいたのである。泥のついたその子を引っぱり出すと,周囲に人だかりができたが,そこに母親はいなかった。人々に教えられ,リッド長老は丘の上のその子の家を訪ねた。「母親は少し怒っているようでした。『息子に何をしたんですか。』わたしはとにかく謝って,何を言ったらいいか分からなかったので『教会について知っていますか?』と聞きました。『教会について興味はありませんけれど,夫がいる日曜日に,この子が大丈夫かどうか確認しに戻って来てください』と彼女は言いました。

    わたしは戒めを守っているのに,ルールを守っているのに,断食もしているのにすべてのことがうまくいっていませんでした。その男の子がもしかしたら大きなけがをしていたかもしれないと思うと,とても怖くて同僚になかなか話せませんでした。」

    日曜日,「わたしの頭に浮かんでくる思いは,その家に行って男の子が大丈夫かどうかを確かめることでした。しかし戻るのはとても怖かったのです。」月曜日,火曜日,リッド長老はその家に行くことができなかった。「水曜日になってもその考えが頭から離れないので,行かなければならないと思いました。結果がどうであれ,正しいことは,その家族に会いに行くということでした。」

    リッド長老は同僚に事情を説明し,木曜日にその家のドアを叩いた。「大きなメキシコ人男性が出て来て『日曜日はどこにいたんです?』と言いました。言い訳もなく謝り,男の子が大丈夫かどうか尋ねました。」その子は無事だった。父親はリッド長老と同僚を家に入れてくれたので,宣教師として最初のレッスンをした。そして思ってもみなかった言葉を聞かされる。

    「わたしはこの10年間あなたの教会の近くを通ってきて,通る度に特別な気持ちを感じてきました。ですからあなたの教えたことがすべて真実であると分かっています。バプテスマを受けたいです。」

    リッド兄弟は続ける。「わたしがそのとき思ったのは─彼は家族にもバプテスマを施してほしいと言いましたが─どれくらい長く待っていたのだろうか,わたしが導きに従わなかったらさらにどれほど待たなければならなかったのだろうかということです。わたしたちは時々,他の人を傷つけてしまうのではないかとか恥ずかしいとか,そういった理由で,受けている促しや霊感に従わないことがあります。それでたくさんの機会を失うことになります。

    わたしはモンソン大管長の模範に感謝しています。彼はそういった導きに従って行動することができる人です。」リッド兄弟は,ソルトレーク・シティーの病院や小児病院,また葬儀の場などでしばしば,全世界を管理して多忙なはずのモンソン大管長が,病める人悲しむ人を訪ねて祝福しているのを目にするという。「大管長は,奉仕をする場所ほど霊感を受けられる所がほかにあるでしょうか,と言いました。……わたしたちには一人一人に才能や機会が与えられています。そして一人一人に考えや導きが与えられます。それに従うかどうかという選択の機会も与えられています。わたしたちの生活の中で聖霊がどのように働きかけるのか,それは生涯かけて学ぶことです。わたしたちがそういった考えや導きに従って行動するとき,人々の生活の中に奇跡を見ることができます。

    聖霊が実在される御方であることを証します。また,わたしたちが天のお父様の望まれることをするために必要な導きを与えられることを証します。皆さんが主の御心をさらに求め得ることができますように。主はわたしに何を望まれているのか,わたしに何をしてほしいのだろうかと尋ねてください。自分自身がしたいことは横に置いてください。なぜなら主は皆さん自身よりも皆さんのことを御存じだからです。そして皆さんに最善のものを用意しておられるのです。」◆