リアホナ2012年4月号  福祉のABC 19

    福祉のABC 19

     (地域福祉部)

    自立

    教会福祉計画の目的の一つは,教会員の自立を助けることです。手引きはこう教えています。「自立とは,自分自身と家族の生活における霊的・物質的な必要を満たす能力であり,決意であり,努力である。会員が自立するとき,さらによく人々に奉仕し,助けを与えることができる。

    教会員は自分自身の霊的・物質的な福利に関して責任がある。それぞれに選択の自由という賜物が与えられているので,自分の進むべき道を決め,自分自身の問題を解決し,自立できるように努力する特権と義務がある。会員はこれらのことを主の霊感の下に,自らの手の労苦をもって行う。」

    「会員が自立するべき幾つかの要素は,健康,教育,職業,家庭貯蔵,財政管理,霊的な力である。」(『手引き第2部』6.1.1)

    自立することを通して,わたしたちは主に頼ることを学びます。個人的な健康管理の計画を立て,教育や職業の選択についてよく考え,欲しいものと必要なものの違いを見分け,負債を避け,食料を蓄え,いざという時のために貯蓄するよう努力する中で,わたしたちは御霊の導きを求めます。自立するには信仰,勇気,そして勤勉に働くことが必要になります。

    自立は選びです。健康で裕福であればそれだけで自立できるというわけではありせん。大学卒業資格あるいは修士号を持っていることが安楽な人生を約束するものでもありません。同様に,重い病気を患っていても,学校に行けなくても,また物質的には豊かでないとしても,自身が選べば自立した生活を送れることでしょう。

    以下の例はこのことをよく表していると言えるでしょう。「ロッキー山脈の観光地でロッジを経営していたある人が,見世物として大きなかごにワシを飼っていました。大事に育てられたワシは成長して立派な鳥になりました。ところがある日,観光客の一団が,こんなに美しい野生の生き物をかごに閉じ込めておくのは考えものだと言ってきました。そこでロッジの主人はかごの戸を開けてやりましたが,ワシは外に飛び出そうとはしませんでした。やがてかごから飛び立って行きましたが,すぐに死んでしまいました。長い間自分でえさを探す習慣を忘れていたワシは,えさをくれる人がいなくなったとき,生きていくことができなくなっていたのです。」(「自立」『家庭の夕べアイデア集』213)

    ちょうどこのワシのように,わたしたちは自立するための技術を学ぶことが必要です。この技術は学校で教わるものではなく,社会で公の話題に上ることもほとんどありません。家庭で親から愛をもって教わるのがいちばん良いのです。家庭でできる活動のアイデアを挙げてみましょう。

    毎朝子供に自分で服を選ばせる。栄養価の高い食事作りを子供と一緒に計画し調理する。家族で散歩に行ったりサイクリングに行ったりする。テレビを消して,家であるいは庭や近くの公園で一緒に簡単なゲームをして遊ぶ。一緒に本を読む。子供が学校で学んだことを教えてもらう。 おもちゃで遊んだ後,使ったおもちゃは自分で片付けるように教える。掃除の仕方を教え,毎日のあるいは毎週の家事を何か一つ担当させる。毎日父親がどのように働いているのかを見るために,子供を職場に連れて行く。家族あるいは友人に, それぞれの仕事について家庭の夕べで話してもらう。子供が自分でお金を使うことを学べるように,毎月の予算を取り分けておく。一食を一緒に計画し,子供に予算を立てて買い物をさせる。一緒に食糧貯蔵に何が必要か話し合って買い物に行き,ラベルを貼って収納する。聖典や総大会の話,教会機関誌を一緒に読み,学んだ原則を生活にどう当てはめられるかを話し合う。ともに祈る。子供に生活についてもっとよく考えて大人になる準備をさせるためにできる活動は,数え切れないほどあるのです。

    親が子供に自立の原則を教えるいちばん良い方法は,自らが自立した生活を送ることです。

    ロバート・D・ヘイルズ長老はこう教えています。「自立は目的を達成するための手段であることを理解することが大切です。わたしたちの究極の目標は救い主のようになることですが,周りの人への無私の奉仕なくしてはその目標を達成することはできません。わたしたちがどれだけ奉仕できるかは,自身の自立の度合いに左右されます。」

    マリオン・G・ロムニー管長は述べました。「食料棚が空では飢えた人に食物を施すことはできません。財布が空ではお金に困っている人を援助することはできません。心が飢え渇いていては,人を理解し支えることはできません。学んでいなければ,教えることはできません。そして何よりも大切なことは,霊的に弱くては,霊的な導きを与えることはできないということです。」(「日の光栄に至る自立の本質」『聖徒の道』1983年1月号,169)◆