リアホナ2010年12月号 信仰の風景 札幌ステーク苫小牧支部田中和彦兄弟

    信仰の風景 札幌ステーク苫小牧支部田中和彦兄弟

    真理は人を変える

    「ドアを開けると二人の男性が立っていました。一人は前田憲史長老。もう一人はスコット・ロビンソン長老でした。」改宗する前の田中兄弟を宣教師が訪問したのは,今年の1月7日の夜。普段なら問いかけをし,確認をしてからでなければ開けないドアを,その日に限ってすぐに開けたという。

    「その日から二人は毎週訪れては,神様の教えを分かりやすく伝えてくださいました。しばらくして初めて教会へ出席しましたが,教師の話を聞いているうちに,胸が熱くなり,心が安らぎ,良い気持ちに包まれて,毎週参加したいと思いました。」

    レッスンが進み,宣教師に「バプテスマを受けてみませんか」と勧められた田中兄弟。受けたい気持ちはあったが不安もあり,思わず尋ねた。「バプテスマを受けるのにいくらお金がかかりますか?」

    宣教師は「お金はかかりません。しかし,守っていただくことがあります」と伝え,「知恵の言葉」を教えた。「その日から大好きだった酒,コーヒー,お茶をやめ,直ちに教えに従いました」と田中兄弟はそのときの決意を振り返る。

    「毎日モルモン書を読み,分からないところを二人の宣教師に教えていただくうちに,これが神の愛なのだと知って,将来への希望がわいてきました。リーハイの家族が荒れ野を旅する場面では,数ページ読むだけで,涙が両の目から流れ出し,読むことができなくなりました。涙をふいて読み始めると,また涙があふれ出して止まらないのです。『どうして涙が出るのだろう。』読み続けていくうちに,このような信仰生活をしたいと思う心に聖霊が働きかけて,涙が出たのだと知りました。」

    不安感と期待感が交錯する中,2010年2月13日に田中兄弟はバプテスマを受けた。「すべての戒めを受け入れて,すべてを守ることを決心しました」と話す。

    「儀式が終了すると緊張感も不安感も消え,何事も恐れない堂々とした自分がそこにいました。そばに神様がいるように感じました。翌日の安息日に按手礼の儀式を受けたときも驚きました。自分の体が自分のものではないように感じられ,温かなものに指先まで包まれ,体じゅうが今まで経験したこともない感覚に包まれました。家に戻ってからもうれしさが続き,夜になってもなかなか眠れないほどでした。」

    その後,アロン神権を授けられた田中兄弟は生活の中で主との個人的な交わりを通じて,何度も祝福を受けたと語る。

    「仕事場での出来事です。わたしの仕事は高所作業で,だれにでも簡単にできるような仕事ではありません。その日も高さ60mのゴンドラに乗って高所で作業をしていました。午後3時ごろ,監督さんから『続きは明日の予定ですが,明日の天候は強風と吹雪の予報が出ているので,この作業は明後日の日曜日にします』との発表がありました。わたしはすぐに心の中で祈りました。『神様,わたしは日曜日には教会に行きたいのですが,どうすればよいのでしょうか。この仕事が明日になるようにお願いします。』心の中で何度も願い続けました。すると1時間が経過したころ,監督さんがやって来て『早めに終わりたいので,仕事は明日に変更します』と告げてきました。帰宅してからもうれしくて,うれしくて,何度も神様に感謝をささげました。」

    「当日,仕事場に着くと,いつもの冬の北風は,西風に変わっていました。建物の東側でゴンドラに乗っての作業でしたので,まったく風の影響を受けず安全に仕事を終えることができました。仕事の終了とともに風向きが変わり,空き地の北側からいつもの強風が吹雪となって襲いかかってきました。神様が助けてくださったとは知らない同僚は『奇跡だ』と言って喜んでいました。」

    「モルモン書を毎日読むことにより,戒めの言葉は『神の愛』であり,神様のみもとへ行くための最低限のルールであることを知りました。そしてわたしにとっての戒めは,いちばんの祝福であることを知りました。腰が弱く,仕事で重い荷物を持つと,翌朝起き上がるのに苦労することが何度もありました。しかし今では,規則正しい生活を送ったことにより,体調も良く,腰が痛くて起き上がれないこともなくなりました。毎週教会へ集い,今までにない元気を頂いています。仕事に対しても慎重さが高まり,大きなミスはなくなりました。福音を学び,いつも幸せを感じられることにより,わたしの心も前向きに変わってきました。」

    「ある晩,『モルモン書を毎日読み続けていると,なぜこんなにも自分の考えが変わるのですか?』と神様に尋ねました。すると『このモルモン書は,ダイヤモンドの原石です。扱い方によっては,ガラス玉にも劣る』との思いが頭をよぎりました。さらに尋ねると,『初めは読んでも文字しか見えず,回数を重ねるごとに,言葉の裏側が見えてくる。そして続けて読み進むと,神様の真理が見えてくる。それは輝かしい高価なダイヤモンドであり,だれにも盗むことはできない。読む度に人に伝えて行動しなければ,ただの原石で終わる。何十回も読んで神様の真理を得たとしても,行いに表さなければ,神の愛を伝えることはできない』との思いが,わたしの頭の中に流れるように浮かんできました。うれしくてうれしくて,涙が止まりませんでした。」◆