リアホナ2008年4月号News Box ヒンクレー大管長の葬儀で歌われた賛美歌にまつわる物語

    News Box  ヒンクレー大管長の葬儀で歌われた賛美歌にまつわる物語

    ── 作曲者のジャニス・カップ・ペリー姉妹が語る

    ヒンクレー大管長の葬儀の中でタバナクル合唱団により歌われた賛美歌に,ヒンクレー大管長自身によって作詞されたものがあります。この12月にわたし(ジャニス・カップ・ペリー姉妹)が曲を付けました。その物語を分かち合いたいと思います。

    2008年1月11日,わたしの姪のキャシーが亡くなりました。その約2か月前にキャシーは,ヒンクレー大管長によって書かれた3つの節から成る詩を自分のファイルの中に見つけました(「人に死と呼ばれしもの,そは何を意味せん」リアホナ付録,追悼──ゴードン・B・ヒンクレー,32ページに掲載)。彼女は死ぬ覚悟はできていましたけれど,死に向かう過程に幾らかの恐れを感じていたので,その詩にとても慰められました。特に2番目の節は彼女の感じている気持ちそのものでした。姪は大管長の事務所に手紙を書いて,その詩を自分の葬儀のプログラムに印刷してもよいかと尋ねました。そして秘書のドン・H・ステーリー兄弟から,ヒンクレー大管長が許可を与えてくださったという,とても温かい手紙を受け取りました。またヒンクレー大管長からの慰めの言葉が記され,大管長が彼女のために祈っていると書かれていました。それは人生の最後の時を迎えようとしていたキャシーにとって大きな助けとなりました。

    その後キャシーはこう提案しました。わたし(ジャニス姉妹)がその詩に曲を付け,賛美歌にするのを許可してもらえるよう大管長に手紙を書いてはどうか,と。わたしは姪の言葉に従いました。そして,賛美歌を作曲する許可を頂きたいということをステーリー兄弟がヒンクレー大管長に伝えてくださいました。大管長の非常に美しく感動的な詩にふさわしい曲を付けることができるよう,心からの祈りを何度もささげた後,わたしは賛美歌を作曲しました。そして12月末,承認を受けるべく,楽譜のコピーを大管長の事務所へ送りました。返事はすぐには来ませんでした。

    キャシーは1月11日に亡くなりました。わたしは葬儀の後,大管長にご覧いただけるよう葬儀のプログラムを大管長の事務所へ送りました。プログラムには,大管長の詩が引き立つようにと,わたしの兄ゲーリー・カップが描くキリストの絵が配されていました。

    ヒンクレー大管長が亡くなられたと先週の日曜の夜に聞いたとき,大管長から正式な許可の手紙を頂いていないことに少しの悲しみを覚えました。けれども大管長が逝去されたまさにその翌日,待ち望んだ承認の手紙が届きました。わたしのシリーズ『聖歌隊と家族のための,霊感あふれる新しい賛美歌集』の次巻における出版が許可され,またこの曲の権利を教会に寄託するかどうかはわたしの選択に任されました。それは格別のタイミングであり,わたしの人生における深い憐あわれみとしてこの手紙を頂いたことに感謝の思いが極まりました。

    その月曜の午後,タバナクル合唱団の指揮者クレーグ・ジェソップ兄弟がこの賛美歌について聞きつけ,電話をかけてきました。ヒンクレー大管長の葬儀におけるこの曲の使用を検討するため,楽譜を入手したいとのことでした。翌日の火曜,旅先のカリフォルニアで,この賛美歌が土曜に行われるヒンクレー大管長の葬儀においてタバナクル合唱団により歌われると知りました。

    大管長逝去のわずか2週間前に世を去った姪へ,この賛美歌から大きな慰めがもたらされるのを見てきました。世界中の人々が,これらヒンクレー大管長のすばらしい言葉によって,愛する人を亡くしたときに慰められるように,楽譜を無料で入手されることがわたしの大きな望みです。それは,ヒンクレー大管長の影響がこれから後いつでも感じられる方法を,世に一つ加えたにすぎません。◆(原稿・写真提供:入江伸光兄弟)

    ジャニス・カップ・ペリー姉妹は末日聖徒の作詞作曲家として知られ,賛美歌195番「シオンの娘」の作曲や,子供の歌集「ニーファイのように」の作詞作曲をはじめ,多くの楽曲で親しまれている。http://LDSMusicNow.com にてこの賛美歌(“What Is This Thing That Men Call Death”〔英語〕)の曲(MP3)と楽譜(PDF)を無料でダウンロードできる。