リアホナ2007年3月号わたしの原点-宣教師のころ6

    わたしの原点-宣教師のころ6

    「普通」の福音が「違い」をもたらす外科医

    地域医療の最前線で働く── 赤松道成兄弟 

    「医師を志したきっかけは?」「……(きっかけは)あまりないですけどね。──うちの両親が,医者はいいよ,人助けになる仕事だよ,って言ってて。4歳のころ死にかけて助けてもらったのも多少はあって,何となく,自然に……」

    赤松道成兄弟は,沖縄本島北部の名護市に勤務する現場7年目の若い外科医。医学部在学中に休学して名古屋伝道部に召された帰還宣教師である。

    赤松成次郎・孝子ご夫妻(本誌12ページ参照)の息子として生まれた道成兄弟。4歳のとき,沸かしすぎたお風呂に落ちて全身の50パーセントに及ぶ大やけどを負った。一般に幼児では,体表面積の15パーセント以上をやけどすると命にかかわるという。最初に診た医師は,「もう助からない,うち(の病院)ではできない」と判断し,次の病院に搬送されていく道成兄弟を見送って,この子に二度と会うことはあるまいと思ったという。

    「皆さんの断食と祈りのおかげで,当時の医学では助からないはずなんですけど,助かったんですよ。」──とはいえ,その経験が医師を目指す強い動機に,という分かりやすい話でもないらしい。

    医学部に入学して1年目,赤松兄弟は学業の合間を縫って伝道資金を稼ぐべく必死でアルバイトをする。夜は家庭教師,仮眠を挟んで午前2時から弁当屋のバイト,数時間仮眠して学校に出かける……といった日々である。夏休みには沖縄の炎天下で工事現場の警備員などに明け暮れる。そうして資金はたまったものの,1年目を終えて休学を申し入れた赤松兄弟を指導教官はこう諭した。「医者よりすばらしい仕事はない。宣教師として人を助けたいというのであれば,医者になって人を助けなさい。君の代わりにほかの人が入学していればその人が医者になっていた(はず)だから,それを遠回りするのであれば,(大学を)辞めて出てください。」

    2年生,3年生と進級する度に休学を申請するがかなわない。しかし4年生からは指導教官が替わることになっていた。「いい人になりますように,と祈っていたんです。」新しい教官に伝道のことを話すと,「伝道に出て経験することも,今後の医者の生活に役立つだろう」と一転,擁護してくれた。結局,4年生を終えたところで休学し伝道に赴くこととなった。

    祈りと聖文の根付いた家庭に育ち,自然な前提として伝道には行くものだと思っていた。宣教師になることをことさら悩みはしなかったし,改めて教会が真実かどうか疑ってかかった記憶もない。あたかも初等協会の子供が準備をし,8歳を迎えてバプテスマを受けるかのような自然さで,彼は伝道に出ていった。

    「なぜ伝道に行ったのか──何となく。なぜ医者になったのか──何となく。これじゃ記事になりませんね」と笑う。

    しかし赤松兄弟が働く医療現場は「何となく」で務まる世界ではない。「外科は大体忙しくしてますね。先週は120時間働いてました。4日間当直があって,3日しか家に帰らず……救急をやってるんで,(当直の夜は)救急車の来ない時間,患者さんが途切れればちょっと眠れる。来続ければ(徹夜で)ずっと診てるという形ですね。幸い祝福されて体力だけはあって,平気でできてます。手術後の患者さんもいるからもちろん土日も休みじゃないですし,祝祭日も関係ない,緊急手術って言えばまた呼ばれますし。安息日は教会に行って,ちょっと抜けて病院に戻って,また教会に行って……」けれどもその口調は淡々として,いかにも「普通のこと」のようではある。

    「この先生は違う」

    かつて看護師として,赤松兄弟と同じ病院で1年間働き,看護学校の教官でもあった奥さんのひとみ姉妹は,赤松兄弟の仕事ぶりをこう評する。「お医者さんの立場から見るんじゃなくて,患者さんの視線に立てる人,ですね。患者さんとすごく近くなれるんですよ。お子さんを道成くんに診てもらっているある看護師さんが言うには,お医者さんって近寄りがたいし話しにくいし緊張するけれども,(赤松兄弟は)とっても話しかけやすいし,いつでも声をかけてくれるし,とってもよく見てくれる,こんな人初めて,って。」当時,教会員ではなかったひとみ姉妹は,なぜ「赤松先生」がほかの先生と「違う」のか不思議に思う。そこから関心を抱いて教会に足を運び,バプテスマを受けることとなった。

    「高慢なところが全然ないです。とにかく優しい,ほんとうに困っている人がいたら助けるし,弱い人がいたら助けるし,何もない人がいたら与えたりもするし,わたしにはできないようなことを彼は普通に当たり前のようにこなしていく,やってのけるので,人としても,医師としてもちょっと違うな,って。病院にいるとすごくいろんなストレスがかかってくるんですけど,帰ってからも絶対に愚痴は言わないです。例えば当直明けで36時間くらい働いて帰って来て,ご飯食べてやっと寝たのに,(すぐ)また緊急手術で呼ばれても,腹立つとも何とも言わないで行くんですね。人を助けるために,ほんとうにもう当たり前のように自分の使命としてやってるんだなあって思いますね。」

    赤松兄弟は,「普通にしてるだけなんですけどね……」と言うが,周囲には普通とは映っていないようだ。

    2年の研修医期間を含め,現場に出て7年目。その間手がけた手術は1,000例を超えた。「7年目にしてはすごく件数が多い」と現場をよく知るひとみ姉妹は言う。数だけでは一概には言えない,簡単な手術を数多くこなす医師や難しい手術ばかり手がけるため術例が少ない医師もいるので,と赤松兄弟は説明する。けれども彼の場合,先輩や上司の信頼も得て,同じ経験年数では任されないような難しい手術まで幅広く手がけている。

    ひとみ姉妹は続ける。「やっぱり違いますね。(経験年数で言えば)人の助けを借りないとできない手術でも普通に(独りで)やってのける人なので,そういうところは神様から頂いた才能,賜物なのかな。身内だから言うのではなくて,わたしだったら安心して診てもらえる医師だと思います。」

    先輩の手術を助手として見て覚え,ある程度経験を積むと,あとは自分で医学書を見て,頭の中で何度もシミュレーションする。そして必ず祈って手術に臨むという。「例えば救急で運ばれて来たとき,ちょっと見逃してちょっと遅れたら患者さんが死ぬことがあるんです。だから常に祈って助けを求めないと。自分一人の力ではないです。予期せぬことも必ずありますからね。そういう見逃し,ミスがないよう,手術の度に何事もなく無事にいきますように,っていつも祈り求めます。」そうして,これまで大きな危機的状況に陥ることもミスもなくやってこられた。

    医療現場で生きる伝道の経験

    手術の腕だけではなく,赤松兄弟には「患者さんへの説明がいちばん上手な先生」との評判もある。

    「自分で言うのも何だけど,とっても分かりやすいと……(笑)これはもう伝道のおかげですねえ。求道者は分からないもの,ほんとうに分かりやすく話すっていうのをトレーニングされたので。」手術一つ説明するのに1時間以上かけるという。手術する臓器が人体に果たしている役割といった基本的なところから,絵を描き,たとえ話をし,かみ砕いて説明していく。そうして患者さんのためにかけた時間は勤務時間を長引かせ,ひいては自分の私生活を圧迫することになるのだが,それを気にする風でもない。

    伝道中の経験は医師の仕事に役立っているか,と水を向けると即座に答えが返って来た。「ああもう,とっても役に立ってますね。それまで知らない人と話すことなんてなかったけど,伝道で知らない人といきなり普通に話さなきゃいけないとか,相手に理解されるように話すとか。それは医者になって,患者さんと初めて会ったときすぐに親しくなれることに生かされている)。それから患者さんに病名を告げるとき,ぼくらは外科ですから,普通は癌を手術するんですね。そうするともう,助からない人もたくさんいる。そのときに,相手の気持ちになって立つとか。相手の心情,相手がどう思っているかというのを伝道中は常に考えなければならなかったので。

    そういう面で,ただ学生だけをやっていきなり医者になるよりも,2年間いろんな人に会ったっていうのは,とっても助けになってますね。医者としてはちょっと遠回りしたけど,その分,とても実りのあるものだったなぁと今思ってます。」

    医者として大切な資質を問われると,考えながらこう話す。「やっぱりその人の身になって,ってことですかね。手術の方法,治療の方法一つ取っても,自分がその人だったらどうするか。」自分の受けたいような治療を患者さんにしてあげる,それは黄金律の実践である。「そんな偉そうなものでもないですけど……」

    そう謙遜する一方で,自分の理想とする医師のあり方についてははっきりと語る。「ほかの医者で助けられる人は,ぼくで必ず助ける。ぼくが助けられない患者さんでほかの医者にかかってたら助けられたというのは絶対にいやだ,と。そして,助けられない人は助けられないんだけれども,残った時間をとにかくベストで生きてもらいたい,っていうのが目標ですかね。」

    そのためにも今はさらに経験を積みたい,という。「ぼくら外科は,似たような症例をどれだけ見たかで対処することができますからね。救急に来る患者さんはみんなが同じじゃない,そのときに,前にこういうのを見た,じゃあ今度もこうでいけるはず,っていうのは,やっぱり教科書を幾ら見てても分からない。いかに経験を積んだかで違うと思うので。」

    ひとみ姉妹のお腹には6か月になる赤ちゃんがいる。「生まれたら,ぼくが育ったのと同じようにします。朝起きて必ず一緒に祈り聖典を読んで,月曜日は必ず家庭の夕べをして,日曜日には必ず教会に行くと。それ(さえ)やっていけば問題はないでしょう。」──問題が日々複雑さを増しているかに見える世の中にあって,彼はシンプルな福音の基本を「普通に,自然に,当たり前に」実践している。それが生み出す「違い」の大きさは世の人の目にはしかし,普通のこととは映らず,むしろますます際立っていくのである。◆