リアホナ2007年1月号 信仰の風景 96歳,初めての神殿参入

    信仰の風景 96歳,初めての神殿参入

    ソルトレーク・シティー在住のモーゼス・小城・理子姉妹は,昭和33年(1958年)8月3日,札幌市郊外の発寒川の流れに入り,17歳でバプテスマを受けた。その4年後,短期大学を卒業し,ハワイのチャーチ・カレッジに留学する。「渡米をしたいちばんの理由は,わたしの改宗をあまり歓迎してくれなかった家族から少し離れたいという悲しいものでした。」後にブリガム・ヤング大学へ転学,ユタ州の教員免許を取得して卒業し,ユタ州オグデン市とソルトレーク市で教員として働くなど,アメリカで人生を送ってきた。

    「在米中,札幌の実家から親類が亡くなったと聞く度に,1年待って,死者のバプテスマとその他の神殿儀式を行っていました。わたしの両親も5人の兄弟姉妹たちも将来は死者のための儀式を受けることになるだろうと思い込んでおりました。」

    月日は瞬く間に流れ,2004年春,モーゼス姉妹の母親の小城文子さんは94歳となっていた。ご主人と4人の子供に先立たれ,特別養護老人ホームで暮らしていた。「その母を訪ねいろいろ話していると,母はひそかに聖書を読んでいることが分かりました。少女時代,バプテスト教会で浸礼を受けましたが,結婚した父がキリスト教を好まなかったので,家系の真言宗のしきたりに従っていました。しかし,94歳になりこの世を去ることを考え,子供や子孫が自分のためと信じて仏教のお葬式や法事などにお金を使わせることに良心の呵責を感じ,聖書で主イエス・キリストの教えを読み返しておりました。」

    モーゼス姉妹はアメリカへ帰国してすぐ,高校時代からの旧知の友であった地域七十人(当時)の中野正之長老に相談する。すると「宣教師を送りましょう」と言われ,札幌伝道部の坂本征遠長老と松浦慎吾長老が母親の小城文子姉妹を教えるべく訪れた。わずか2か月の後,小城姉妹がバプテスマを受ける決心をした,との知らせが届いた。モーゼス姉妹は仕事を片付けて2週間後に帰国することに決め,バプテスマの日付を調整してもらった。

    2004年12月5日,大雪の降った日だった。歩けない小城姉妹は,札幌西ステーク会長会第二顧問の小山公紀会長に抱きかかえられてバプテスマフォントに降り,松浦長老と小山会長の二人で小城姉妹の体を支え,坂本長老が念願のバプテスマを施す。「姉妹たちは,風邪を引かせてはいけないと着替えを手早く,ある姉妹は母の髪をドライヤーで乾かし,またある姉妹は温かいココアを保温瓶に入れて持って来てくださいました。」若いモーゼス姉妹が渡米した,北部極東伝道部札幌支部の時代からの旧知の人々がこのバプテスマ会に駆けつけ,祝福してくれたという。

    「それから母はイエス様の絵をはり,毎日モルモン書を読むように努め,藻岩ワードの有志が録音してくださったモルモン書のテープも聴き,祈りの生活を送り始めました。母はもう一つ,この世で行わなければならない儀式,エンダウメントの大切さをよく理解しておりました。」──1年後の神殿参入を目標に,藻岩ワードの山城一裕ビショップ,宣教師の坂本・松浦両長老とともに計画を立てた。新田信太郎ご夫妻(現在,東京神殿の神殿宣教師)は毎週欠かさず老人ホームに小城姉妹を訪ねて神殿準備セミナーを教え,神権の祝福も施した。

    そして2006年6月,いよいよ小城姉妹は神殿参入の運びとなった。老人ホームから新千歳空港まで車で2時間。山城ビショップが運転し,モーゼス姉妹とともに小山会長も付き添った。車いすから立ち上がることのできない小城姉妹を,行きは小山会長が,帰りは山城ビショップが抱き上げて飛行機の席に座らせた。羽田空港では中野長老が出迎え,福田真神殿会長(当時)の運転する車で東京神殿へ向かう。

    「母の口癖は,『長生きするのはうれしいことですが,子供たちに先立たれるのが大変つらい』でした。しかし,永遠の救いの計画の証を得て神殿に参入し,母の望みはかなえられるのです。夫と,子供たちとまた会える,特に1歳で亡くなった長男をもう一度抱いてあげられる。また第二次世界大戦末期,特攻隊で戦死した弟,数え年で100歳まで気高く生きた兄,11人の子供をもうけ愛情深かった両親に永遠に結び固められる。祖母の急死の電報が届く前に,祖母が母の枕元に『アイちゃん,やっとたどり着けたよ』と会いに来てくれたという大切な思い出,『懐かしいお母さんにまた会える』……。」

    翌日は一日かけて,朝からイニシャトリー,午後からエンダウメント,夜には結び固めに臨む。すでに札幌伝道部から帰還していた坂本兄弟,松浦兄弟も大阪と松本から駆けつけてくれた。「わたしはひそかに,『お母さんは眠ってしまうのではないか』と心配していましたが,儀式中,何もわたしの助けを借りず,すべて自分で行っておりました。母は,神殿の儀式を驚くほどよく理解しておりました。」

    「日本にはお年寄りのご両親のお世話をしておられる聖徒がたくさんいらっしゃることでしょう。特にご自身,シニアでありながら高齢の両親や親類のお世話をなさるのは大変なことと思います。でも,主は皆様のご苦労をよく御存じで,この世の最期が近くなっている高齢の神の子をお世話なさっている皆様に祝福を与えておられます。そしてすべての神の子を愛し,決して見捨てないのです。いくら高齢でもあきらめないで,永遠の家族を築くために常に証をもってお世話してあげてください。勇気をもって,イエス・キリストへの信仰と,バプテスマ,聖霊の賜物を授ける按手,それからエンダウメントの重要性を証してあげてください。

    母は,『以前はどんな暗い道を歩いて天に昇るかと思うと死ぬのが恐ろしかったけど,もう安心して死ねる。でも,もう一度神殿に行きたい』と言っています。家族が生死を越えて結び固められる神殿はまさにこの世の天国です。」◆