末日聖徒イエスキリスト教会(モルモン教)リアホナ2007年12月号 子供を理解することの力  広汎性発達障碍の視点から

    子供を理解することの力  広汎性発達障碍の視点から

    昨今,マスコミに採り上げられることも多くなった広汎性発達障碍。今,初等協会の教室でも,こうした子供たちの存在は例外ではありません。この障碍の視点から,広く問題を抱えた子供たちを理解し効果的にサポートする方法を考えます。

    大野洋吉くんは5歳,保育所の年長組である。ある安息日のこと。聖餐会の時間になり礼拝堂に入る。このところお母さんよりも初等協会の年上の子供たちと一緒に座りたがる洋吉くん。お父さんは最近,ビショップリックの一員に召され,壇上に座るようになった。会が始まって聖餐を取り,しばらくは折り紙で遊んでいる。作ったものを初等協会のお友達に「はい,上げる」などとやっている。やがてだんだんと姿勢が崩れてきていすに座れなくなり,お友達のところに行ってちょっかいを出す。お友達が静かに遊んでいるおもちゃや,読んでいる本をいきなり取ったりすることもある。そうしているうち,お父さんが説教壇に立って話し始めた。とたんに,あっ,お父さんだ! と興奮した洋吉くんは,お母さんが捕まえる間もなく壇上へ駆け上がってしまった。お父さんは洋吉くんを抱き上げて話を続けるが,マイクに興味を引かれた洋吉くんはマイクをつかんで「おーっ!」と叫び始める。見かねたお母さんが壇上から洋吉くんを引き取って礼拝堂の外に出ると,天井のスピーカーからお父さんの話す声が聞こえた。「実はうちの子,高機能自閉症なんです……」

    広汎性発達障碍

    平成17年,発達障碍者支援法が成立し,社会的にも認知が進んできた広汎性発達障碍。LDSファミリーサービス日本事務局ディレクターの西原里志兄弟は,教会の中でもこうした子供たちはかなりの数に上るのではないかと話す。「実数は分かりません。ただ,わたしが各地を訪問しますと相談に見える方が必ず一人はいらっしゃいます。わたしは訪問したら初等協会に出席するんです。後ろからずっと見せてもらうんですけど,結構な数だと思いますよ。で,直接相談があるのは,そのうちのごく一部ですけど。気づいていらっしゃらない親御さん,それから,そうなんだろうなあと思っても認めたくない親御さん,それは多いと思います。」

    自閉症という障碍が古くから知られている一方で,知的障碍を伴わないけれど自閉症と同じような感覚を持つ,いわゆるアスペルガー症候群や高機能自閉症の子供たちの存在が知られるようになったのは比較的最近のことである。それまでは,ちょっと変わった活発できかん気の子,くらいにしか思われていなかった。洋吉くんのお母さんの大野姉妹はこう話す。「一見,普通に見えるところがつらい,と思うんですよね。これが彼らの重さだと思うんです。周りから,洋ちゃんだったらこれきっとできるよ,とか,こういう子ってどこにでもいるし,こうやって接すれば大丈夫,とか言われても,あ,それ違うんだけど,うちの子は……ってことになっちゃうんですよね。

    あるワードの,ADHDのお子さんを持つ姉妹が,5,6年くらい前に,『あなた親なんだから。聖餐会のときにこんなことしてるんだから,ちゃんとしつけしなきゃ』とか言われて傷ついたと話してくれました。そのころはこういう障碍がクローズアップされず,まだ社会的にも浸透していなかったときでした。その子は今,小学校高学年でだいぶ自分でコントロールできる年齢になりましたけれど,そのときは彼女自身どうしていいか分からなかったそうです。」

    洋吉くんの場合,1歳半検診で最初の指摘があった。「積み木だったかな,1歳半でできるようなことがなかなかできなくて,ちょっと発達に遅れというか弱さがあるんじゃないかという示唆がありました。ひょっとしてうちの子自閉症ですか?と言うと,はっきりとは告げられませんでしたけれども,療育という形で始めてみましょうと言われました。」発達の段階には個人差もあるので,診断は専門の医師により慎重に行われる。一般的には4歳くらいで見極めが付けられるという。市の療育クラスに通いながら検査を受け,洋吉くんは3歳半で診断が付いた。そして,冒頭の,お父さんの聖餐会での話が図らずもワードでの正式な「カミングアウト」になった。

    診断が付くということのメリットについて,西原ディレクターはこう話す。「実はそれ,障碍の一つなんですよ,と言ってあげることによって,親御さんは,ああ自分のせいじゃなかったんだと受け入れることができる。これは親御さんにとってとってもいい面だと思うんです。ただ,その反面で今度は『障害者』という目で周りが見始めますから。」

    サポートの基本──人を理解するということ

    西原ディレクターは20代のころから,障碍を持つ人へのボランティア活動を続けてきた。実は,伝道から帰還したばかりの25歳のとき,その原点となった出来事があったという。「うちのワードに筋ジストロフィーの兄弟がいたんですね。車いすで,下半身から麻痺が上がってきて心臓まで来たら心不全で亡くなるという病気です。彼は毎日,針を立てて,どこまで麻痺が来てるか確認するんです。わたしが伝道から帰って来て,その方がちょうど改宗して来られ,友達になって,しょっちゅう助けに行ってたんですね。そのときに最初に言われた言葉がこれなんです。『西原兄弟,わたしは障碍を持っているけれども,あなたと同じところに立っていたい。だから,もしあなたが同情心で,あるいは一段上から,わたしを助けるためにここに来ているというのだったら,来てほしくない。わたしには歩けないという障碍がある。だけど,あなたにも障碍はあると思うよ。例えばそれは短気とか人に優しくできないとか……そういう意味では同じで,それが一つの個性になっているでしょう。だからわたしは歩けないという部分についてはあなたの助けが必要だけど,あなたの何かの部分をわたしは助られるはずだから,それは絶対言ってね』と。それはすごくショックだったんですけど,ああそうだなぁと納得して。

    だから,わたしたちが障碍を持っている人たちと接するときに大切なのは,同じところに立っていて,お互いに助け合える仲でいることが一つだと思うんです。もう一つは,その人の苦手なこと,どういう障碍の特性を持っているかに敏感であるということ。そこをわたしたちがサポートできると,ある意味でその人の障碍が少なくなるわけですよ。」

    サポートする子の特性を理解することの実例として,大野姉妹は保育所の先生のエピソードを紹介する。「洋吉は年少組の途中で入所したんですけど,そのときの受け持ちの先生は,もう何年も前に自閉症の子を担当したことがあったんですって。ほんとうに最初は大変で,(目を離すと外に)飛び出しちゃうんでいつも見てなきゃいけないし,それから子供たちが一人一人描いた絵を乾かしているときに,その子が絵の上をととと……と走り出したりして,自分がやろうと思っていた保育が成り立たないことにすごい苛立いらだちを覚えたんですね。そのころある方の講演会で『本音のところで拒否する』という言葉に触れたとき,先生は,まさに自分のことだと思われたそうです。Aちゃんが家に帰るとホッとする自分がいたと……それから先生は,いわゆる構造化★を考えました。出入り口を背にして話しているとAちゃんは飛び出すこともしませんでした。子供たちが描いた絵を棚の上で乾かせば,何の問題も起こりませんでした。自分の思い通りにうまく事が運べば成功だと思っていた自己満足の保育が,Aくんによってつぶされたことをほんとうに感謝している,と話してくれました。それ以来,どんな子でも苦手な子はいなくなったそうです。

    それと同じように,教会の組織でも,多分,周りの工夫次第でその子はある程度落ち着けると思いますし,家でも,自分自身,工夫する手間を惜しんではいけないなあと思います。障碍のある無しにかかわらず,すべての人,一人ひとりはオーダーメイドでできているのですから。」

    「育てにくい子」とともに

    5年前,堀内祐子姉妹は医師に,当時10歳だった長男の謙人君は「アスペルガー症候群にADHDがかぶっている」と告げられた。「ものすごく育てにくい子」だったと堀内姉妹は回顧する。

    「たとえば,靴を買いに行きますよね。サイズを合わせようとすると,『ここ(靴屋)でははかない』って言うんです。『ここでサイズを見ないと(合わなかったときに)面倒だからここではいてちょうだい』とお願いするんだけれども,『絶対にここでははかない』……しょうがなくそのときは買って,歩いて帰ったんです。で,夏の炎天下の道路で,いきなり『ここで履いてみる』って言うんです。『ちょっと待って,ここ地面だから,履けないって分かっても靴を返すことはできないのよ。ここで履くのはちょっと勘弁して,おうちまで待ってちょうだい。』ところが,絶対にここで履くって言い張るわけです。お日様はかんかん照って,日なたでした。一度言い出したら聞かないっていうのはずっとあったので,もうしょうがないな,と思って履かせたら,『あ,小さい,これは履かない。』……とんでもないんですよね。たまたま長男だったので,ああもうあなたが履かないんだったら二男か三男が履くわね,って心の中で折り合いをつけて帰って来たんですけど。もう精神的虐待みたいなもので,何でこんなことを言うんだろう,って……でも彼は飄々と淡々としていて,履かない,って言って,それで終わりなわけです。悪意はないんですね。そういうふうなことがいっぱいあって,いろんな言動で振り回されてくたくただったんです。」その悩みを行政の児童相談所で相談したところ,受診を勧められ,先の診断となった。「自閉症っていうのはもうほんとうにびっくりしました。」

    そこから堀内姉妹の勉強が始まる。2つの障碍児親の会に所属し,講演会や勉強会に積極的に参加する傍ら,資料を読みあさる。それだけでは物足りなくて,発達障碍について学べる通信制の大学に通い始めた。無理のないよう1年に1科目ずつ,「自閉症児の心理」「自閉症者への支援」と単位を取り,現在3つ目の科目を学んでいる。そうした中で,大学に提出したレポートが教授の目に留まり,やがて教授の主宰する研究会で講演をすることになった。聴衆は全国から来た教職員と教育委員会,文部科学省の特別支援教育の関係者などだった。その講演が反響を呼び,そのうちあちこちの学校から講演に呼ばれるようになる。当時は,発達障碍とは何かということが書かれた本はあっても,そういう子供にどのように対応したらよいか具体的に書かれた本はあまりなかった。(左ページの『おもな特徴』も,発達障碍の子と実際に接したことのない人には意味不明ですらあるだろう)。実際の経験に裏打ちされた堀内姉妹の話は現場の親や先生方にとって貴重なものだった。

    「どんなふうに大変かというお話をしてもしょうがないわけですよ。ただ,実際にうちで起こって,それをこういうふうに対応したらうまくいったっていう事例を,ほんとうに具体的にお伝えしたんです。普通のお母様方は,発達障碍,関係ないよ,っていう方もたくさんいらっしゃるんです。なので最近は子育てというタイトルで,わたしの,発達障碍の子供に対する接し方が,普通の子にもものすごく有効な手立てだっていうのをお話しさせていただくんです。」ここで,堀内姉妹が講演で採り上げる内容を少し紹介する。

    選択の自由──伊豆望遠鏡事件

    「伊豆に旅行に行ったんです。それで100円の望遠鏡を覗きたいと言って覗くわけですね。ところが眺めの良いスポットごとに望遠鏡があるわけです。で,うちの長男はその度に,『ここで覗きたい,お金をくれ』というわけです。でも,うちは割とルールを尊重していて,1回だけって約束で覗かせてますから,もうだめよ,ってことなんです。でも自閉圏にいますので言い出したら一切,聞きません。それでどうしたものかなと思っていたら,夏だったのですごくのどが渇いてきたんですね。これまたうちはジュースとかやたらと買い与えないんですが,熱中症になっちゃいますし,旅行ですしね,イオン飲料を買ってあげましょうと。子供たちにとってそれはすごくうれしいことなんです。それでまあ,当時,飲料も100円ちょっとですし,望遠鏡も100円だし,それでわたしは大して考えもせずに,『飲み物も望遠鏡も100円だから,あなた好きな方選びなさい』って言ったんです。そしたら長男は,うーん,って考えて,『ジュース』って言ったんですね。自分で選んだんです。そのときに気持ちが切り替わったんですよ。

    仮にわたしが,ジュースを買ってあげるから望遠鏡をあきらめなさいって言ってもだめなんです。自分の中で全然納得できないんですね。自閉圏にある子供たちっていうのは,こだわりから逃れられなくて本人も苦しんでいるんです。だから一見わがままに見られるんだけど,それはこだわりであってわがままではないんです。苦しい状態だっていうことをまず周りが分かってあげなきゃいけない。それが一つのポイントです。

    で,二つのものからどっちか一つのものを選ぶことで,自分の中で腑に落ちるんです。自分で選択をする中で気持ちがすっかり切り替わって,それでどうなるかというと,自閉症の子っていうのはその後一切言いません。望遠鏡がどんなに出てきても,二度と望遠鏡って言いません。彼らはおおむね,律儀に約束を守ろうとします。(自閉症の中にもいろんな子がいますから100パーセントとは言いませんけれど。)その特性を上手に使ったんです。そのとき,自分で選ぶ,それによって気持ちを切り替えるってことが自閉症の子にすごく有効だと発見したんですね。

    要するに,選択の自由です。それっていちばん大切なことでしょ。ルシフェルの方法は強制だし,イエス様の方法は選択の自由,その福音の肝心なところが自閉症児への対応でいちばん有効な手立てだったという……わたしはほんとうに,福音はすごいなあって思った。講演会のときに必ずこの話をさせていただいてるんですけど,皆さんほんとうに感銘を受けてくださるんです。それは真理だからなんですね。」

    正義と憐あわれみ──苺ドーナツ事件

    もう一つエピソードを紹介しよう。「うちにドーナツを頂いたんです。これまたフェアにするためにじゃんけんで決めるんですけど,長男がいちばん負けて,最後に残ったのがバナナマフィンでした。彼はバナナが大嫌いで,苺いちごのドーナツが食べたいとまた大騒ぎを始めて──それが3時間くらいに及ぶ駄々なわけですよ。親もけっこう負けませんから,だめ,って言ってたんですけど,これまたわたしは一つの提案をしました。『分かった,今,苺ドーナツを買ってきてあげるけど,その代わり1週間はおやつ抜きになる。もう一つの選択肢は,このバナナのマフィンを頑張って我慢して食べる,その代わり,おやつは1週間ちゃんとあげる。じゃあ二つに一つ,どっちを選ぶ?』そう言うと,このときは即答でした。『苺ドーナツを今すぐ買ってきてくれ。おやつは1週間いらない。』これまた自分で選んだんですね。それで夜遅くに苺ドーナツを1個だけ買いに行きました。

    でもわがままを許しているわけでは全然ないんですよ(弟たちに対してフェアにするために1週間おやつ抜きという交

    換条件を付けている)。うちは特に,ほんとうに厳しいルールをずっと幼いうちか守らせてきましたから。そこで譲れることと譲れないことが出てくるわけです。これはできないんだよ,っていうことは教えます。正義と憐れみですよ。正義は正義できちっと教えてます。でも,憐れみの部分で譲れるところは譲ってやりましょう,ってことですね。

    それで買ってきてあげたら彼は,『ありがとうね』って言うんですよ。ほんとうにこだわりから抜けられないで苦しい状態にいて,買ってきてもらうことで抜けられるので,それは本人にとってありがたいことなんですね。素直な子なんです。そこでもう気持ちは切り替わってますから,彼は,弟たちがおやつを食べていても一言も文句を言わず,1週間おやつ抜きを通しました。約束は守るんですね。

    こういう子供は叱しかっちゃいけないのかと時々質問されるんですけど,こういう子供たちこそ,きちんとした正しい規範ルールの中で育てることが重要なんです。自閉圏にある人はルールにのっとって生きていくことの方がたやすいわけですから。正しいことと正しくないことの秩序,ルールをきちんと教えることはまず基本です。うちはたまたま,発達障碍と分かる以前から,『ほかの人を心身ともに傷つけることは絶対しちゃいけません』とか,していいことと悪いことは熱心に教えてきました。発達障害と診断されたからころっと変えたわけではないんですよ。」

    子供に届く話し方

    発達障碍の子供は人の話を聞く力が弱い。脳の機能障碍のため,(比喩的に言えば)聞いた情報をイメージしておける頭の中のスクリーンが狭く,話に集中するエネルギーも限られているらしい。それは発達障碍に限らず幼い子供も同様だろう。そうした子供たちに原則やルールなどの大事な話を伝える方法について,堀内姉妹はこうアドバイスする。

    「まず『大切な話をするから聞いてね』と宣言した後,(父親の話が通じやすい,との経験則から)低めの声で(聴覚過敏の場合,甲高い声が恐い場合もあるらしい),一つか二つのことを言います。それで『分かった?』『うん分かった』って言ってくれたらもう,『以上,終わり!』で,以後その件に一切触れないんです。それをするようになってから,言葉が入るようになりました。うちの主人を見てても,子供にボーンって言うだけ言ったら,『ところであのゲームどうやって攻略するの』などと,ぱっと気持ちを切り替えるんです。子供は短時間集中して聞いて,引きずらないので気持ち悪くないんです。息子の表現では,『爆発じゃないけどボーンって言われた方が,おふくろみたいにとろ火がトロトロ消えないよりずっといいんだよ。』これ,普通のお子さんにも有効な手立てだろうと思います。」

    子供が生きやすい環境をつくる

    「自閉症にしてもADHDにしてもパニックの問題はけっこう大きくて,しょっちゅう親は振り回されて大変なんだけれども,(ある先生の講演によると)パニックは実は周りが起こさせているんです。子供がどういうことでパニックを起こしているのかを,まず親や教師はよく分析したらいいと思います。急に予定が変更になったとか,自分がやりたかったこと(こだわり)が遂げられないとか,いつもあるはずのものがないとか,理由はその都度ちゃんとあるんですよ。理由が分かれば,それを事前に防いでやる。自分の(こだわりの)お気に入りの靴下がないと当然,パニックを起こすわけです。だから(まったく同じ種類の)新しい靴下をいつも切らさないよう入れておいてあげるとか。簡単なことでそのパニックは防げるんですよね。

    それから,お気に入りの靴をずっと履きたくて,もうぼろぼろになるまで履いてるなんてこともあります。わたしとしてはちょっとずつそのこだわりを外していきたいんですね。どうするかっていうと,まずとにかく同じ靴のサイズ違いを揃えてやる。だんだん年月がたつうちに,メーカーは違うけど同じ色の靴に変える。これ履きなさいよ,って前の靴を捨てちゃうとそこで大パニックになるんです,俺の靴がない,って。だから古い靴の横にさりげなく新しい靴を置いておく。(緩やかに変化させて)ちょっとずつこだわりを外していく。するとパニックを起こさなくて済むわけです。わたしは息子がこの障碍だって分かってから,譲れないことはほんとうに譲りませんけど,自分で判断してこれは譲れることだと思ったら譲ってあげようって思ったんです。

    雨の日でもずぶ濡れのお気に入りの靴を履いて行きたい。それはわたしは譲れるんです。判断基準としては,人様に迷惑をかけないということですよ。そういうときは『好きにしなさい』って言います。でも,濡れていない新しい靴を必ず横に置いておいてあげる。すると,自分でずぶ濡れの靴を履いて50メートルくらい行くんですけど気持ち悪いのでやっぱり戻って来て,置いてある靴に黙って履き替えて行くんです。これが大事です。わたしが無理矢理,『この新しい靴履いて行きなさい』って言うとそこでパニックを起こして学校に行きません。でも,黙って好きにしなさいねって置いておいて,自分で納得して履き替えていくのはOKなんですよ。これは親のさりげない努力です。そういうことを生活の中で様々にしてあげてました。

    食べ物が混じるのを嫌うアスペルガーの子は多いんですね。カレーもルーとご飯とをきっちり半分に分けなくちゃいやだとか,焼きそばや焼きうどんも,麺と具が別々でないといやだとか。もともと家族が多くて,麺と具を別々に炒めて混ぜないといけないくらいの量を作るので,わたしにとってそれほど大変なことじゃありません。で,フェアにするために子供たち全員に聞きました。麺と具は別々がいいですか,上に乗せますか,横に置きますか,別皿がいいですか,とそこまで選択させ,好きにさせてました。そこはわたしの譲れるところだったので。それでどうなっていったかというと,今は麺も具も一緒です。

    長男に,『そういえば最近,麺と具別々って言わなくなったねあなた』って言ったら彼は,『そんなことでこだわる俺って情けない』って言ったんです。大人になったんですよ。そこは彼にはどうでもいい部分になってきたんですね。でも,ほんとうに混じっていやだった時期があるんです。そのときは譲ってあげようと。そんなわがまま許しておいて将来どうなるのよ,って思われる方もあるでしょうけど,本人も成長して大人になっていくことを親は覚えておかないと。発達障碍って言ってもちゃんとその子なりの成長を遂げますから。伊豆望遠鏡事件も苺ドーナツ事件も5年くらい前のことで,今はそのようなことはほとんどありません。あんなことでこだわってたのが今は全然OKってことが山のようにありますから。それを踏まえて,今つらいことはできるだけ協力して回避してあげようと。そうするとパニックが減るんですね。そして関係が良くなる。関係が良くなっていくと,その子供の良さが見えてくるんです。絶対に良いところを持ってますから,そこを褒めるようになるし,そうするとその子の自信につながるんです。」

    良い所に目を向けるなら

    西原ディレクターは上の図を示しながらこう話す。「心理学用語でこれ,未完みかん円えんって言うんです。みんなここ(輪の切れ目)に目が行ってしまうんです。それは人間の習性なんですね。足りない部分を補って何とか完全円を作ろうとするんですよ。だけど,欠けた部分(欠点)を指摘されるというのは,だれでもあまりいい気持ちがしない。ほとんどの人が,自分の足りない部分がどこかは分かっているんです。指摘する方も,その人のことを思って言うのかもしれないけれど,結局は自分の優位を認識したい,あるいはその人が変わることによって自分が何らかの益を受けたいということなんですね。欠点を指摘されたときにいい反応をする人はそんなに多くはないですから。ほとんど,顔で笑って心ですごくいやな思いをしてます。それで結局は言った方も,ああ何か気まずいことを言ってしまったなあ,となるんです。そうなると,双方に御霊が感じられなくなってくる。そうして御霊を受けないらせん状の悪循環が出来上がっていくわけです。

    でもわたしたちは神様の息子娘ですから,神様のようになるという特別な資質をだれもが持っているんです。そういう良い部分を指摘する,あるいは意識して伸ばしていくと,御霊が来るんです。指摘される方もうれしいし,指摘する方も特別な気持ちを感じる。そうすると今度はお互いに御霊を感じるスパイラルに変わってくるんですね。そのうちに良い部分がどんどん伸びていきますと,いつのまにか欠けた部分がカバーされて見えなくなるんですよ。ほかの部分が強められますからね。」

    御霊を受けるとき何が起こるかについて,十二使徒のデビッド・A・ベドナー長老はこう語っている。「わたしたちはイエス・キリストの贖罪が,過去に犯した罪をすべて洗い流すことを知っています。しかしキリストの贖あがないはもっと多くのことを行ってくれます。さらに自分を高めて,難しいこと,これまで自分の力でできなかったことをできるようにしてくださるのです。」(『リアホナ』2007年10月号チャーチ・ニュース,17)

    堀内姉妹はこう続ける。

    「発達障碍じゃなくって普通のお子さんでも同じだろうと思います。問題行動があったりすると,どうしても怒ったり,直そうっていう意識が強くなるんですけど,そういうことが多ければ多いほど,まず,腰をすえて,理解して愛情を注ぐことに力を入れるのがすごく大事だろうな,って。なかなか難しいんですけどね。わたしも,自分の子供なのに全然かわいくないっていう何年間をずっと過ごしてきましたから,ほんとうにそれがどんなに難しいことかはよく分かります。でもやっぱり,その子を変えるんじゃなくて,周りが変わるんですよ。周りが変わったときにその子は絶対に変わっていく。それで関係が良くなったとき,わたしは息子を心からかわいいって思えるようになりました。それはすごく幸せなことだったなあって。自分のしてほしいことをほかの人にすることとか,自分を愛するように隣人を愛することとか,全部福音につながっていくんです。」

    もちろん,堀内姉妹にもどうしようもない局面はある。「夜中にガスファンヒーターが壊れました。そのときに長男は,今すぐ東京ガスに行って買って来いって言い続けたんです。夜中の12時ですよ。それは物理的に叶かなわないことじゃないですか。どんなにだめって言っても,明日の朝一番に行って買って来るって言ってもNOだったんですよ。どうしろっていうのよ!って言って,そのときわたしは泣きました。

    解決策がないようなことはいっぱいあるんです。ただ,うちの子の場合,物理的に叶わないことを言うようなときはだいたい,自分が満たされていないときなんですよね。だから普段の生活で,できるだけ彼の気持ちが満たされるようにしてあげるよう心がけると,そういうのは減ってくるんです。それはうちの経験ですね。結局,子供は自分を認めてもらいたい,分かってほしいし愛してほしいんですよ。うちの子供たちも見ていて,特に長男ですけど,自分が分かってもらえて優しくされた分,落ち着くんです。何か貯金しているような感じがします。その分返してくれるんですよ。」

    愛と理解,そしてきずな

    「今は発達障碍のことがある程度知られてきているので,初等協会の先生の中にも,この子ADHDなんじゃないかなあ,親御さんに受診を勧めたほうがいいかも,とか思うこともあるかもしれません。ただ,幼いうちは分かりにくいと思いますし,元気のいいお子さんと,発達障碍で多動のお子さんとが一緒にいても素人にはなかなか区別がつかない。わたしは自分からは一切言いません。ほかの人から言われて受け入れられる親御さんってほとんどいないんですよ。

    じゃあどうするかと言ったら,自分で配慮するしかないじゃないですか。一人一人,この子はどういう傾向のお子さんなのか理解して対処する。落ち着きがないお子さんだなあ,とか,なかなか先生の言ったことが耳から入らないなあ,でも図解なら分かるよ,とか。

    (愛することと理解することは)どんなお子さんにも必要だと思います。例えば情緒不安定から手足が出る乱暴な子に対してでも,ほんとうに理解してあげて,まず分かってあげて,できたことを褒めてあげて。何でできないのよ! って責めないで,これができないんだったら,こういうふうに頑張ってみようか,って助けられたらうれしいですよね。精神的に不安定なお子さんに,それはすごく大切なことだろうなあって思います。だって親ができないところを一所懸命サポートしてあげられるというのは,愛じゃないですか,やっぱり。」

    大野洋吉くんの目下のこだわりは電車のペーパークラフト。インターネットのホームページから平面図をプリントアウトし,大人でも難しいレベルのペーパークラフトを5歳の洋吉くんは驚くほど上手に作っている。好きなことへの集中力は人一倍あるのが分かる。インクジェットプリンターのインク代がかさんで仕方がないと言いながらも,お母さんの大野姉妹は,「なるべくこだわりには付き合おうとしています。インクが欲しいって言い出したらなるべく買いに行くようにしてますし,何が食べたいといったらなるべく食べさせるようにしています」と話す。そうするとだんだんこだわりは取れてくるという。

    堀内姉妹はこう続ける。

    「物理的に叶うときには叶えてあげればいい。親が付き合ってくれますから,やっぱり満足してくるわけですよ。それで大人になるし成長してくる。わたしがもし,あまり手のかからない子を授かっていたら,ここまでかかわることはなかったでしょう。でも,発達障碍を持ってる子の親っていうのはいやおうなく付き合わざるを得ない。深く深く付き合って,もちろん協力もしてますけど闘ってもきましたからね。だから分かり合えている部分があって,思春期の難しい時期になっても割と会話があったりするんですよ。それは障碍のあるなしに関係なく,かかわったならかかわっただけ子供にはやっぱり伝わるんだと思います。

    子育てというのはまあ20年間,短い間ですよ。そこでそれだけ濃く付き合えたっていうのは,障碍があったからこそ。とことんサポートしたり理解したり,かかわってかかわって,しんどいところは一緒に付き合って一緒に苦しんで,一緒に頑張ろうね,いつも応援してるよ,あなたを絶対にあきらめない,それはずっとメッセージとしてことあるごとに伝えてきましたね。だからきずながあるんです。この間主人が,『おい謙人,一緒にラーメン食いに行こうよ』って誘ったら,長男が主人に向かって,『親父さあ,俺とそんなに一所懸命コミュニケーション取ろうとしなくていいよ,俺は離れていかないから。それだったらおふくろともっともっとコミュニケーション取ってやれよ』って。大人になったでしょう。俺は離れていかないから,って一言が,すごく心に響きましたね。」◆