リアホナ 2006年9月号 福音は日々の生活の中で力を発揮するものです

    福音は日々の生活の中で力を発揮するものです

        原伸二郎兄弟

    わたしは2002年10月,自分が属している日本企業がかつて買収したアイルランドの会社の経営改善のために東京から首都ダブリンへ送り込まれました。100人のアイルランド人の中にたった一人の日本人として,しかも会社の代表者として送り込まれ,その後まったくの破産寸前の会社の経営改善のために増収施策やコスト削減やその他の厳しい施策を導入することになりました。

    その過程のなかで会社の職員や労働組合から大きな反発があり,わたしは独りでそれに対応しなければならない状況でした。特にある時期からは人員削減をする必要に迫られ,通常業務とともに解雇対象の職員や組合と交渉する日々もありました。

    そのような日々を2年間過ごしているうちに会社の業績は改善しましたが,わたしの心がすさむようになり,霊的にも苦しい時期を過ごしました。その中でわたしを救ってくれたのはわたしの家族,そしてホームティーチャーと監督でした。どんなに苦しい状況の中にあってもわたしの悩みに共感し,下手な英語にも忍耐強く付き合ってくれました。

    あるとき監督が日曜日の集会後に「先週は何か状況の改善はありましたか?」と聞きました。なぜそのようなことを聞くのかと尋ねると,「わたしはあなたの苦しみが軽くなるように土曜日から今まで断食しました」ということでした。確かにその週はわたしの業務にとって非常に良いニュースがあった週でした。現地の社員と初めて一緒に手がけた広告プロジェクトが成功を収めたのです。それでわたしは,遠く離れたアジアから来たわたしのために監督が示してくれる愛にほんとうに感動しました。

    やがて2005年1月,わたしはアイルランドからロンドンに異動することになりました。しかし,アイルランドでの最後の仕事として,会社の社員のうちの30パーセントを解雇する必要に迫られていました。その中には配偶者が病気になっていたり,今まで会社のために大きな貢献をしてくれた人もいました。また,公私にわたってわたしと親しい友人になった人もいました。この状況の中でわたしは,「これが教会員のすべき仕事だろうか」「わたしはクリスチャンとして正しいことをしているだろうか」という自問自答をせざるを得ませんでした。わたしは,人気のなくなった冬の夜のオフィスでそれらの人の名前を前にひざまずき祈りをささげました。

    そのときです。ふと,「これは間違ったことではない。神殿に彼らの名前を入れなさい。彼らはわたしによって守られる」──との声を聞いたのです。わたしは彼らの名前を英国・プレストン神殿の祈りのリストに加えました。

    その後いろいろなことがありましたが,解雇された人々の行く末にもわたしはある程度関

    与することができ,その全員が前の職場よりも良い条件で就職したり,自分の目標を果たすために活動を始めたりすることができるようになりました。

    わたしが思うのは,福音というのは普遍的かつ万能なものであって,地理的に遠く離れたところであっても,また,非常にこの世的な場面や事象に対しても,必ず適用できる原則だということです。福音は教会の建物のなかに閉じ込められるものではなく,わたしたちが生きている生々しい日々の生活の中でその力を発揮するものです。

    主はわたしたちの祈りや期待に,わたしたちが望むような形でいつもこたえてくださるわけではありませんが,わたしたちが望むときに必ず「聖く正しい道」を備えてくださることを感じています。◆