リアホナ2006年3月号預言者のチャレンジ

    預言者のチャレンジ

    「回復の預言者」ジョセフ・スミスにより世に出され,今や106言語・年間500万部が印刷されるモルモン書。2005年夏,この特別な書物を年末までに読み通すよう,ヒンクレー大管長は全世界の聖徒に呼びかけました。「皆さん一人一人がこの簡単なチャレンジを実行するなら,皆さんの生活や家庭の中に,さらに豊かに主の御霊が注がれるようになるでしょう」──ここ日本において,預言者のチャレンジにこたえた数多くの人々の声の一部をご紹介します。

    あと数時間で新しい年を迎える12月31日の夕べ,旭川ステークの兄弟姉妹は教会堂に集まり始めていた。時刻は午後8時。ジョセフ・スミス生誕200年を祝う行事の一つとして,またモルモン書の完読を記念する証会として大晦日の集会が催されたのである。時に強い風に舞い踊る雪をかき分けるようにして集まったステークの会員たち。

    5人の教会員によって朗読されるジョセフ・スミスの生涯の物語に出席した人々は静かに耳を傾ける。子供たちも出席しているが,だれも音を立てず,礼拝堂は静寂な空気で満たされている。子供も大人も厳かな雰囲気を感じる中,朗読が続けられる。ジョセフ・スミスを知る人々,エマ・スミスとかかわった人々,開拓者の回想がゆっくりと語られていく。ジョセフ・スミスの生涯が語られた後,映画「回復」が上映されるころには,暖かな礼拝堂はだれもが心安らぐ場となっていた。バイオリンとピアノによる「麗しき朝よ」が演奏され,礼拝堂に歌声が響く。

    「監督から今年2回モルモン書を読むように言われました。」旭川ステークの佐藤良三ステーク会長は壇上で語った。「8月の大管長会メッセージの中でヒンクレー大管長は年末までにモルモン書を完読するようにと言われました。ヒンクレー大管長のチャレンジを受けて,多くの会員が熱心にモルモン書を読み始めました。9月にステークの神殿訪問をした時に,セッションの始まる前に神殿の食堂でモルモン書を読んでいる会員の姿を見ました。ホームティーチングのときには3回読んだという話も聞きました。10月の総大会で預言者の話を聞いているときに,完読した証を分かち合う集会を開きたいと感じました。読み遅れている会員のことも考え,12月31日ぎりぎりまで待った方がいいと思いました。わたしも時間がない中で最善を尽くして読もうと思いました。本日31日にモロナイ書10章を読み終わります。これで3回目が終わります。ヒンクレー大管長は『皆さん一人一人がこの簡単なチャレンジを実行するなら,皆さんの生活や家庭の中に,さらに豊かに主の御霊が注がれるようになるでしょう』と言われました。」佐藤ステーク会長は,ステーク内の旭川と札幌の両地区で開催された大晦日のモルモン書完読証会に「ジョセフの業績への感謝と愛と敬意が込められていました」と回想する。

    モルモン書を読み続けた会員の多くは様々なことに思いをはせながらチャレンジにこたえた。旭川第1ワードの松山麻里子姉妹もその一人だ。「モルモン書を読んでいて,詳しい意味と背景が分からないところもありましたが,モルモン書を愛するようになり,一つ一つの言葉が自分の中に入って来るのが分かりました。モルモンのことを考えていたときに,戦いの中でどうやって記録をまとめたのだろうかと思い巡らしましたし,あらがねを作る作業はどうやったのだろうかと考えました。昼に戦い,夜に記録をまとめる姿を想像して,どんなに疲れていたのだろうかと考えると,モルモン書に対する感謝の気持ちで満たされました。証会に集った人たちを見て,こんなにもモルモン書を愛する人々がいるのかと感動しました。」

    帯広ワードに所属する新会員の佐藤健太兄弟も「神権会でモルモン書を読むチャレンジを知り,完読しました。実際に読むことによって,モルモン書が真実だと分かりました」と証する。また,「モルモン書はわたしたちが神様の娘や息子であることを気づかせてくれる書物です」と証する人。「わたしはまだ完読していませんが,一所懸命読んでいる途中です」と証する人。「御霊に満たされて読み進めるうちに,アルマの言葉とアミュレクの言葉を読む声が違っているのに気がつきました。預言者一人一人の言葉を理解しながら読むことができました」と証する人もいる。「モルモン書を読むことで,それを愛し,分かち合いたいという気持ちを持つようになった人々が増えたように思う。」「モルモン書の登場人物を知り,ひるまず前に進む勇気を与えられた。」整然とした証が淡々と続き,人々の顔は自信に満たされている。

    ヒンクレー大管長のチャレンジは年内に読むようにというものだったが,証する人々の中からは「今年何回か読み終わりました」という話が語られる。宣教師からも「伝えるため,分かち合うためにもっと読まなければならないと思いました」という証が聞かれる。礼拝堂に集まった会員たちの中には,モルモン書を完読したという充実感と喜びがあふれていた。壇上から語られる証は不思議なほど短く簡潔なものが多い。ジョセフ・スミス,モルモン書,祈り,従順,祝福という共通した言葉でまとめられている。「ジョセフ・スミスに感謝しています。そして,モルモン書は真実です。」短いながらも次々と証の上に証が加えられていく。

    「今年の初めに監督からモルモン書を読むように言われました」と語る旭川第1ワードの南出由美子姉妹。「扶助協会の姉妹として毎日モルモン書を読むことに取り組んできました。家事をしながら,時間を見つけては読みました。菊地長老の勧めにも従い,自分の『聖なる森』を作るように努力し,朝早く起きて身支度を整えてから読むようになりました。最初,モルモン書の中に描かれている戦いの記述はあまり好きではありませんでしたが,司令長官モロナイが自分の弱い所を克服しながら勝利を収める姿を読んで,自分も弱さを変えていこうと思いました。モルモン書は私たちの生活を変える力を与えてくれるものです。モルモン書を読むことで,家族としての祝福もありました。」南出姉妹は「家族みんなで30日の晩にモルモン書を読み終わりました」と言い添える。

    元日の安息日を数時間後に控える中,モルモン書を携えて壇上に立つ人々の証が折り重なっていく。壇上にはすでに正月の飾り付けがされている。

    「佐藤ステーク会長から31日の証会の提案があったときに,開催するのは無理だと思いました。実家へ帰る人もいれば,家族と過ごす人もいるので,開催することには消極的でした」と一人の高等評議員は語る。北海道の一般的な慣習では,新年を迎えることを「年取り」と呼び,家族が集まってにぎやかに食事をする。「しかし,証を聞くために出席したいという人もいることが分かりました。わたしたちがモルモン書を読まない理由を作ることは簡単ですが,それらの理由を克服して読んだ会員は忠実に勧告に従った人たちだと思います。このチャレンジにこたえることで,多くの人が祝福を受け,主を信じようという気持ちがわき上がってきたように思います。」

    証会を終えた後も,会員たちは年越し蕎麦を食べながら,語り切れなかった思いを分かち合った。佐藤ステーク会長は礼拝堂に集った約60人の会員を思い浮かべながら一つのことに気づいた。「予想したよりも多くの人が集まったことに驚きました。ところが,年越し蕎麦は30人分しか用意していませんでした。神権者の兄弟たちが準備してくれましたが,終わってみたら数袋の蕎麦が余っているんです。イエス様が多くの群衆にパンと魚を分け与えた情景が目に浮かび,胸が熱くなりました。31日に集まることは非常識な集会のように思われたかもしれません。しかし,兄弟姉妹の信仰により御霊のあふれたすばらしい集会が開催できたと思います。」

    旭川ステークで開催された31日の証会は,モルモン書を読み終えるという預言者の勧告にこたえ,それぞれが証を強め,約束された祝福を受けるという栄えある機会に恵まれるものだった。

    ●証会の証より──

    増田智子姉妹(旭川第2ワード)

    増田智子姉妹(旭川第2ワード)

    ヒンクレー大管長は「今年中にモルモン書を最後まで読み通すように」と語られました。私はそのメッセージを読んだとき,すぐにはそれに従うことはできませんでした。なぜなら,そのとき私は新約聖書を読むので精いっぱいだったからです。高校3年生の娘と高校1年生の息子に早朝セミナリーで教えるために,毎日準備に追われ,やっとの思いで新約聖書を読む時間を取っている状態だったからです。モルモン書を読む余裕はまったくないと思っていました。

    10月の総大会の衛星放送の中で十二使徒のアイリング長老が語られる話を聞いて,「わたしはこれではいけない。やっぱり読まなくてはいけない」という思いにかられました。アイリング長老は霊的な備えについて語られました。「……人生での大いなる試しとは,人生の嵐の真っただ中でわたしたちが神の命令に聞き従うかどうかを見ることなのです。嵐を堪え忍べるかどうかではなく,荒れ狂う嵐の中で正しいことを選べるかどうかが試されるのです。したがって人生での悲劇とは,この試しに耐えられず,栄光をまとって天の家へ帰るふさわしさを身に付けられないことです。」(『リアホナ』2005年11月号,37-38)

    そして,ヒンクレー大管長のメッセージにも触れ,このようにも言われました。「これは,霊的な備えに必要な信仰が強められるという約束です。しかし,この霊感あふれる勧めに従うのが遅れると,毎日読む分量は多くなります。それに加えてたとえ2,3日でも読まない日があれば,年内に読み終えられない可能性が高くなります。……これを実行する人は,さらに大きな嵐が来ても乗り越える備えができていることでしょう。」(『リアホナ』2005年11月号,39)

    わたしは家に帰って,残りの日数から一日に読むページを計算し,すぐにモルモン書を読み始めました。毎日少なくとも6ページから8ページを読まなければなりませんでした。時間の取れるときはできるだけ読むことを心がけました。残されている時間が少なかったので,逆に集中して読むことができたように思います。また,読んでいくうちに,聖典を毎日読むことが習慣になっていきました。新たに理解できたところもたくさんありましたし,より理解も深まっていきました。

    12月に入って順調に読み進み,年内中に読み終えることができそうな気がしてきたころ,夫が,仕事で出向いたインドネシアでの事故によりけがをしたという知らせが入りました。日本に帰って来られず,マレーシアで手術を受けることになり,わたしは夫のところへ行くことになりました。祈りとともにモルモン書を読み続け,結局,マレーシアに滞在中に読み終えることができました。

    わたしにとってはつらい出来事でしたが,この試練の中で正しいことを選べるように準備されていたのだと思います。わたしたちはいつも預言者の言葉に従っているならば,何も恐れることはありません。神様はどんなときもわたしたちを愛してくださっています。現世の試しの間には,受け入れたくないようなことに何度となく遭いますが絶望はありません。いつも希望を持ち続ける力を下さる方がいらっしゃいます。悲しいことが訪れるときにも,思いがけない喜びも必ず訪れて来ます。わたしたちの人生は,良いことばかりではありませんし,悪いことばかりでもありません。これからもまだ試練は続きますが,家族がいつも神様の命令に聞き従っていけるように,私たちはモルモン書を読み続けていきたいと思います。

    遠藤功兄弟(滝川支部)

    遠藤功兄弟(滝川支部)

    昨年のリアホナの8月号でヒンクレー大管長から年内にモルモン書を完読するようにとのチャレンジがあったころ,わたしの体調は思わしくありませんでした。頑張ってみたものの疲労も重なり,目の奥にも痛みを感じ,読み続けることは無理だと諦めてしまいました。また,その2か月前の癌検診で肺に影があるとの知らせを受け,再検査を受ける必要がありました。その知らせには,かなりのショックを受けました。タバコも吸いませんし,健康には自信がありましたから気持ちは動揺していました。そのような状況の中でモルモン書を読む気力はわきませんでした。再検査を受けた結果,やはり肺に影があり,癌の疑いが深まりました。体の様子を見ることとなった間に,ステーク会長より癒しの祝福を受けました。ステーク会長は毎月神殿に行っているので,その都度,祈りに名前も入れてくれました。自分も神殿に参入して日の栄えの部屋で祈り求めましたが,それでも不安は消えず,祈り続ける毎日でした。

    9月に地域会長会のエバンズ長老が管理されるステーク大会が行われました。その大会で,モルモン書を完読するようにとのヒンクレー大管長のチャレンジが再度強調されました。ステーク大会の帰り道,その言葉が心に残り,思い出されました。大管長が言われた約束を思い出し,「このまま読まずにいたなら,また,祈るだけで行いのない信仰ならば,大管長の言われた祝福は受けられない」と気がつき,もう一度がんばって読もうと決心しました。癌の疑いのある体調と不安を抱えながらどこまで読み続けられるか自信はありませんでしたが,たとえ1章でも1節でも毎日読み続けたいので助けてほしいと神様に祈り,さっそく読み始めました。その結果,読み続けたいという思いが奮い立ち,朝晩一日も欠かさず読み続けることができ,46日間でモルモン書を完読することができました。気がつけば目の痛みも感じませんでした。いちばん恐れていた癌の疑いも,何度かの精密検査の結果,癌ではないことがわかりました。そのときのうれしさは,言葉や文章では表せないほどでした。

    癒しの祝福と主の守りがあったことに深く感謝しました。不安も消え,安堵する気持ちがありましたが,さらにモルモン書を読み続けて2度目も完読し,教義と聖約,高価な真珠も年内に読み終えました。思えば,いつのまにか毎日聖典を読むことが習慣となっていました。12月31日に行われたモルモン書の完読の証会では,兄弟姉妹が様々な思いを持ちながら完読に向けて頑張ってきたことが分かりました。兄弟姉妹の完読した証を聞き,自分もその場に出席できたことに喜びを感じました。自分の中にたくさんの奇跡が起き,ヒンクレー大管長の言葉が成就したことに心から感謝しています。◆