リアホナ2006年3月号試練にあって家族を支えたモルモン書の祝福

    試練にあって家族を支えたモルモン書の祝福

    幾多の困難の中で小さな命が守られ── 旭川ステーク旭川第1ワード 佐藤京子姉妹 

    ある朝わたしは,いつものように息子を学校に送り出し,小さくなる後ろ姿を3階の窓から見送っていました。いつもは半年あるつわりが1か月早く治まり,穏やかな気持ちで初夏の風を感じていました。そのとき「バサッ,バサッ」と大きな音,何かがぶつかると思いしゃがみこもうとすると,まさに目の前を鳥が,大きな羽を広げて横切っていきました。「……かもめ?」この辺りによく飛んでいるといえば,黒いカラスか鳩,または小さなすずめくらいです。

    でもその鳥は鳩よりも大きく真っ白でした。あっけに取られ,山の方に向かってその鳥が飛んでいくのを眺めていました。「ここは,北海道のど真ん中。海からも随分離れているし,あんな鳥はの近くでしか見たことがない……でもやっぱりかもめ?」不思議に思いながらも家の中に戻り,夫に話しました。「今ね! かもめ見たさ!」夫は一瞬びっくりした顔をして,朝っぱらから何を言っているんだと言わんばかりに軽く受け流されてしまいました。「ほんとうに見たのになあ。」心の中でふと,ジョセフ・スミスの最初の示現を思い出しました。「ジョセフ・スミスはほんとうに神様にまみえたのに,だれにも信じてもらえなかったら悲しかったろうな。」

    年の初めに監督から,ジョセフ・スミス生誕200年の話を聞きました。みんなでモルモン書を少なくとも1回は読もうとチャレンジを受けました。チャレンジは大好きですが,残念ながら妊娠中は無理だと思いました。どうもわたしは,子供には恵まれるのですが,お腹が張りやすく,妊娠初期から出産まで毎日10分おきに陣痛のような痛みがあるのです。学生時代はバスケットボールをし,普段,体を動かすことが大好きなわたしも,妊娠中は,お腹の中の小さな命を育むことに専念しひたすら安静を心がけていました。

    生ける預言者からモルモン書を読むようチャレンジを受けたのはそんなときです。わたしは,そのチャレンジにこたえられない自分を情けなく思っていました。また,あの朝見た白い鳥のことについて度々思い出していました。思いがけないところで,思いがけないものを見た気持ちをだれかに伝えたい。夜寝る前のお祈りのときに息子に突然打ち明けました。「お母さんね。この間かもめ見たの。この旭川で。」

    「ぼくも見たことあるよ。」わたしは驚きました。「どこで?」「野球の練習中。小学校のグランドで! 空を見てたら何か白い鳥が飛んでるから,よく見たらかもめみたいだった。」わたしは思わず息子に握手を求めました。自分の見たものを信じてくれる人の出現に,ふとジョセフ・スミスとオリバー・カウドリの出会いを想像しました。「ジョセフ・スミスはとってもうれしかっただろうな!」彼らが熱心にモルモン書を翻訳し,書き取る姿が頭をよぎり,急に預言者ジョセフ・スミスが身近に感じられました。「肉体的に苦しくても,ジョセフ・スミスが翻訳したモルモン書を読もう」,そう決心しました。

    試練を受け入れて

    9月21日,切迫早産で2度目の入院をすることになりました。妊娠8か月で赤ちゃんはまだ1,300グラム。予定日は12月4日だというのに5分おきに来る痛みに耐えられず涙があふれました。幼い子供を置いての入院は後ろ髪を引かれる思いでしたが,今度は出産まで入院と覚悟を決めました。幸い兄弟の両親が2か月近く子供たちの面倒を見てくれたので心強かったのです。主治医からは「24時間子宮収縮(陣痛)を抑える点滴を打って,できるだけ長くお腹の中で育てましょう」との治療方針を聞かされました。子宮収縮を抑制する点滴だけでは足りず,全身の筋肉を緩める弛緩剤も追加になります。どちらも強い副作用があり,手の震え,動悸,不整脈というおまけもついて苦しい毎日でした。筋弛緩剤を使うと,自分の意思とは関係なく体がぐったりして意識がぼーっとすることがあります。そんな中,腹式呼吸で痛みを逃がしながらモルモン書を一所懸命読みました。2度の入院で何と2回も読むことができました。奇跡だと思います。モルモン書には,今のわたしたちのために書かれた力強く愛ある主の御言葉があふれています。お腹の中で日に日に大きくなる小さな命も神様を証してくれました。不思議と痛みの中にあって痛みの度合いが少なく感じられる日もあり,癒されていると感じました。

    入院も1か月を過ぎた10月23日,日曜日のことです。安息日の朝,教会に向かう家族の車が,通い慣れた道で交通事故に遭いました。青信号で交差点へ進入したところ運転席の扉に真横から衝突され,ごろりと丸一回横転してから,進行方向の反対を向いて停まったそうです。夫の誠呼人兄弟は全身打撲。11歳の長男陸が右の鎖骨を骨折し全治1か月半。3歳の次男響は奇跡的に無傷。ほんとうに驚き,また自分の無力さを痛感しました。愛する家族が大変な目に遭っているというのに,何もできないのです。今すぐ駆けつけて抱きしめてあげたいのに,そのときのわたしにできることは,ただひたすら横になって寝ていることと,心を注ぎ出して家族の無事を神様に祈ることだけです。福音を知らなければ「どうしてこんなことに」とか「どうしてわたしは今ここにいるのだろう」とだれかを責めたり,自分の置かれた境遇を疑問に思ったりしたかもしれません。でもモルモン書を読んでいたことで,とてもスムーズに試練を受け入れられたと思います。我が家の,車検を1度も迎えていない車はもう2度と乗ることができなくなりました。後でその車を見た時,事故の凄まじさを知りました。あれだけの事故に遭ってこれだけで済んだのが奇跡なのだと分かりました。この事故を通してわたしたち家族はまた一つ家族の大切さや,互いをいたわりあう心を学びました。

    小さな命も試練に

    11月に入り,赤ちゃんも大きくなったので退院できることになりました。しかし退院の喜びもつかの間,それから3日目の夜の8時のこと。札幌から遊びに来ていた妹家族とわたしの実家でお鍋を食べていたとき,破水からお産が始まりました。教会に行っていた夫に連絡して病院で待ち合わせをし,病院に8時半に着いたときには,陣痛の間隔は5分を切っていました。陣痛室でベッドに横になり,すぐに夫に祝福を頼みます。──「少し早いけれども生まれて来たとき,生きていくのに必要な機能が全て備わっているように約束します。」「これで安心して産める。大丈夫だ。」と確信しました。今回は家族全員で立会い出産です。

    二人のお兄ちゃんとパパに見守られ,11月11日午後11時47分,2,800グラムの長女が誕生しました。赤ちゃんは,初めての女の子ということもあり,唯一の真の神を知る子になってほしい,またたった一人の自分を大切にしてほしいという願いを込めて,唯と名付けられました。幸せな瞬間でした。子供たちも生命の神秘に触れ,命の尊さを身をもって感じたようでした。

    「今年はいろいろあったけど全部帳消しだね。」午前2時過ぎ,夫は子供たちを連れて帰っていきました。わたしは達成感と満足感,長い間の痛みからの開放感で幸福の余韻にひたっていました。興奮してなかなか寝付けないでいました。

    うとうとしかけたときドアが開く音がします。午前3時半。帰ったはずの夫が立っていました。「あれ。どうしたの?」「……病院から電話が来て話があるからすぐ来てくださいって。一緒に聞く?」「聞く!」

    それは赤ちゃんの容態が急変したとの知らせでした。肺が広がり切っておらずうまく呼吸ができないため手足が冷たいこと,また心臓に問題があることが分かり,救急車で別の病院へ運ぶと伝えられました。保育器に入った小さな唯は一所懸命生きようと頑張っています。一つ一つの小さな呼吸が苦しそうに見えます。小さな冷たい手を握りながら,この命の灯が消えてしまわないように,たくさんの酸素を体に取り込めるように,心を込めて祈りました。全て御心のままになるように。また神様の御心を喜んで受け入れられるように……「頑張るんだよ! 唯ちゃん。ママも応援しているからね!」明け方まだ暗い中,唯は救急車に乗って行ってしまいました。

    救急車に付き添って行った夫から連絡が入るまでの半日,さっきまで傍らで眠っていた赤ちゃんのぬくもりを思い出していました。こんなに赤ちゃんを愛しているのに抱きしめてあげられない,何もしてあげられない無力さを再び感じ,天の御父もわたしたちが試練に遭うとき,このような気持ちなのかもしれないと感じました。転院先の病院での検査結果は大動脈縮窄。心臓から出ている大動脈が細くなっていて心臓がうまく機能せず,全身に酸素が十分に回っていないとのことでした。手術する必要があるかもしれないので,さらに大きな病院に転院することになりました。

    主の御手の中で

    それから毎日,NICU(新生児集中治療室)に通う日々が始まりました。町はずれの大学病院まで雪の降り始めた滑る路面を何度も家族で往復します。早く生まれたのに体重が2,800gあったのが心臓にかえって負担をかけているそうで,2,500gまでダイエットをすることになりました。とりあえず最低4週間は入院と言われましたが,いつまで続くのか先は見えず,病院へ毎日必死に母乳を届けます。何か一つでも不平をもらせば赤ちゃんは,神様のところに帰ってしまうのではと思いました。祝福してもらっていたので大丈夫とは思っていても,たまに不安が心をよぎります。ワードの皆さんも娘のためにお祈りをしてくださいました。夫の両親も神殿に行って祈ってくださいました。わたしは,──困ったときの神頼みのようでなかなか口に出せなかったのですが──ある晩の祈りのとき,心を注ぎ出して主に願い求めました。「神様。もし御心でしたら唯の心臓を手術をしないで治してください。お願いします。」

    それから何日もせず,いつものように病院に向かいました。廊下で担当の先生とすれ違いました。すると「あ,お母さん。唯ちゃん保育器から出ましたよ。あと,昨日の検査の結果で心臓の血管が太くなってました。もう大丈夫ですよ」と声をかけてくれました。思いがけない言葉に飛び上がる思いでした。「主の御手が唯に触れた。」彼女が癒されたことを知りわたしは,全能の神をほめたたえたい気持ちでいっぱいになりました。

    それからの唯はものすごいスピードで回復し,生まれてから半月もしないで無事我が家に戻ってきました。小さな赤ちゃんはみんなの心配をよそにすくすく育っています。呼吸すること。心臓が体中に血液を送り出すこと。今まで当たり前のように思ってきたことが,実はものすごいことなんだと知りました。命の尊さは分かっていたつもりでしたけれど,わたしたちは生きているのではなく,神様がよしとされるときまで生かされているのだと再認識しました。

    あの朝見た大きな白い鳥はモルモン書を読むきっかけをくれました。あれがなかったならば,こんなに真剣に読めなかったと思います。預言者を通して神様が語られる言葉には,必ず成し遂げられるために道が備えられていることを今一度知りました(1ニーファイ3:7参照)。またモルモン書を読んでいたおかげで,次々に訪れる困難を家族で前向きに乗り切ることが出来たのだと思います。わたしたち家族はかつてないくらい御霊に満たされ謙遜になり,より主に従順になろうとし,一致しました。

    200年前,この末の時満ちる神権時代に選ばれ生まれてきたジョセフ・スミス。彼が神の預言者であったことを心から証します。彼が回復してくれた神権を通して,真実のイエス・キリストの教会が回復されたことを心から感謝しています。また彼が御霊によって翻訳したモルモン書はまさに神の御言葉であり,彼の死後百数十年たった今でも多くの人々に愛され,わたしたちの生活に欠くことのできない祝福をもたらす書物であることを心から証します。◆