リアホナ 2006年6月号この町に末日聖徒13 植物を育てるように子供をはぐくむ

    この町に末日聖徒13 植物を育てるように子供をはぐくむ

    ──晴耕雨読の教育者~千葉ステーク長生ワード薄井久雄

    兄弟~千葉県勝浦市。九十九里浜で有名な房総半島の太平洋側,いわゆる“外房”のやや南寄りに位置する漁港である。美しい砂浜も広がり,年間を通じて外洋の波を求めるサーファーが集まってくる。港からすこし山手へ登ると勝浦温泉があり,山あいに田んぼを挟んだ田園風景が連なる。そうした場所,国道からちょっと外れた,文字どおり山の中の一軒家に薄井家族は暮らしている。

    今日は家族総出の田植え準備の日。

    朝からのこぬか雨の中,皆全身を雨合羽に固めて田んぼに降りる。同じワードの荻原勇兄弟も応援に駆けつけ,田んぼへ続く道の薮を刈ってくれている。水を引き込んだ田んぼの中ではトラクターが代かきの最中。折から足の骨にひびの怪我を負っている父親の久雄兄弟は足をかばいながらトラクターに乗る。そのハンドルを楽しげに握るのは小学二年の桃子姉妹。長女で,農業大学をこの春出たばかりの昇子姉妹は何の抵抗もなく素足で田んぼに入ってゆく。母親の公子姉妹,三男の義輝兄弟も苗を運んで来た。来週,野球のダイヤモンド(内野)ほどの広さの水田にこのコシヒカリを植えるのである。その奥にはさらにもう1枚の水田があり,そちらは赤米(古代米)を植える。田んぼの入り口には小規模の麦畑もある。自宅の庭には野菜畑があり,玄関前では野生の胡桃がたくさん採れる。裏の雑木林では椎茸を栽培し,小屋には40羽あまりの鶏もいる。どこから見ても本格的,中古とはいえトラクターに田植機まで備えながら,しかし薄井家は農家ではない。このすべてが薄井兄弟の壮大な「趣味」なのだという。

    育てにくい花に最高の環境を与える

    薄井兄弟の仕事は教育者である。小学校の教員を8年間務め,その後盲学校で視覚障害児の点字教育に携わる。さらに養護学校で知的障害児教育を17年,最後の3年間は教頭を務めた。現在は経歴を買われ,地域の教育委員会で「特別支援教育」という新たな教育体制の確立に向けて奔走している。

    薄井兄弟を障害児教育に向かわせたのは,当時,この分野の第一人者であったある先生の影響力であった。「その方は雰囲気がどこか違うんです。子供たち一人一人に注ぐ眼差しがたいへん優しいんですね。」その尊敬する先生に誘われたことから飛び込んだ世界で,「教育についての考え方が変わりました」と薄井兄弟は言う。

    それまでの小学校では教科書を使って教えていた。すると黙っていてもよくできる子がいる一方で,よく分からない子,ついて来られずに落ちこぼれる子が出て来てしまう。それを「本人の努力が足りない」「しょうがない」とある程度割り切ってゆくしかないのが現場の実情であった。ところが障害児教育の現場では,教科を教えようにも,そもそもコミュニケーションすら満足に取れないことも。最終的にはその子が社会的に自立することを目指すのだが,「何を教育したらいいのか」と手探りする毎日だった。

    一方,近年,これまでは明確に障害があると認められなかった子供で,教室での教育に適応できない一群の存在が明らかになってきた。注意欠陥/多動性障害(ADHD)や高機能自閉症など様々な診断が見られる。そうした,能力はあるけれどクラスに付いて来られない「クラスのお荷物」として煙たがられてきたような子供たちは,全体の6.3パーセントに上ると見られ,比率で言えば一学級に一人はいる計算になる。また,中学生では不登校が全体の約2.7パーセントに及ぶなど,障害のあるなしにかかわらず教育の場に適応できない子供たちが増えている。「つらいのは子供自身です。問題行動はそれを表すサインなんです。」

    「植物に譬えるなら,育てやすい植物もあれば育てにくい植物もある。ほうっておいても成長する野生の草花もあります。育てにくい花でも,特別な良い環境を用意してやれば育つんです。そうした子にこそ飛び切り良質の教育を与えて,もっと大切に育ててあげなければ。」そのために今,薄井兄弟が取り組んでいるのは,一人の子供にたくさんの大人がかかわって助けていくための支援体制作りである。心や体や学習面など様々な専門家がチームを組んで,いろいろな方向から支援する。「担任は学習指導で精一杯ですし,お母さんも疲れています。第三者が間に入ってやるのが望ましいんです。」そうすることで,支援スタッフもまた生き甲斐を感じたり成長したりする。薄井兄弟は,担当地区の学校を回って新しい教育の考え方を現場の先生たちに説いたり,退職教員のボランティアを含む支援スタッフの組織作りを行っている。そうした大人たちが集まって,一人一人の子供の名前を挙げ,今その子のためにどういった支援ができるかについて話し合うのだという。──そう聞いていて,どこかで見た構図だと思う。そう,ワード評議会や伝道調整集会そのものではないか。支援が必要な教会員や求道者一人一人の名前を挙げて,ホームティーチャーや訪問教師,また各組織がその人のために何ができるかを話し合う。手を差し伸べることで助け手の方も祝福を受け,ともに喜ぶ──「神様の作られた組織はうまくできていると思います。社会もそれに倣おうとしているのかもしれません。学校だけでなく,子供たちが卒業して社会に出てからも,彼らの自立を支援するボランティアやNPOがうまく連携して働き,その支援によってボランティア自身も生き甲斐を感じるようになれば,もっと良い社会になるでしょう。そんな夢をもって働きたいと思います。──ただ,組織はできてもそれを生かせるかどうかは一人一人のスタッフにかかっています。それはトップダウンで号令をかけて上からやらせようとしてもうまく機能しないでしょう。スタッフそ

    れぞれがボランティア精神を発揮して支援行動をし,下から支えることでうまく回りだすんです。ようやく形ができたところですから,それがこれからの課題です。」それは教会の組織でも同様かもしれない。主の教会が十分に機能するかどうか,祝福がもたらされるかどうかは,教会員一人一人の愛の働きにかかっている。

    薄井家の食卓には,自分たちで苦労して育てた食物が並ぶ。食卓に上る米は自給自足,田植えが終わると週末ごとに薄井兄弟が手塩にかけて育てる。完全無農薬なので,特に草取りは苦労の種である。刈り入れはまた一家総出でする。刈入機はなくすべて人力なので大変な肉体労働である。「昇子が農業大学に行ったのは何がきっかけかは知りません。でもうちの子供たちは,少々の肉体労働にはへこたれないように育ったと思いますよ。」──収穫した麦を挽いて自家製のパンを焼く。ポップコーンを作る。その味はまた格別だ。言葉で教えなくとも,生命の価値,労働の価値を子供たちは分かっている。

    あたりにはツマキチョウ,テングチョウ,ジャコウアゲハ,カラスアゲハ,キアゲハ,オニヤンマ……と様々な蝶やトンボが飛来する。桃子姉妹は最近,オタマジャクシすくいやザリガニ釣りを楽しんでいる。付近の川には天然記念物のミヤコタナゴが生息しているという。釣り糸を垂らせばフナやウグイやヤマベがかかる。そしてもちろん海釣りも。

    13年前にこの家が完成するまでは仮の山小屋で2か月間暮らし,その前は農家を借りて2年間住んでいたという薄井家族。薄井ご夫妻は5人の子供たちに「飛び切り良質の」環境を与えているのである。◆