リアホナ 2006年7月号信仰の風景 ウェブサイトは求める人にきっかけを与える

    信仰の風景 ウェブサイトは求める人にきっかけを与える

    東京ステーク洗足池ワードの本間紘嗣兄弟(26)は,教会の公式ウェブサイトが きっかけとなって改宗した会員の一人 だ。本間兄弟は編集者を経て,現在 はフリーライターとして新製品の紹介 記事などを書きながら,記事から編 集までこなせる“編集記者”を目指して トレーニングと経験を積んでいる。

    「愛を伝える本をつくる」のが夢だとい う本間兄弟は中学生時代から聖書に慣 れ親しんできた。若いころほかの教会 に通っていたという「母の聖書には証や 傍線がたくさん書き込んでありました。」 本間兄弟の福音に対する真摯で誠実な 姿勢は,中学校の先生と保育園の保育士という,教育に携わる善きご両親の薫陶により育まれたようだ。「神様は全世界同じだと思っていたので,神社で祈る ときにもイエス様と心の中で唱えていま した。」神様は,モーセ五書や黙示録に 詳しい中学生に,真理がどこにあるかを おぼろげながらも示しておられた。

    とは言え,進んだ大学のすぐ近くにあ った横浜ステークセンターには4年間気 づかなかったという。キリストの福音に 対する探究心を燃やし続ける本間兄弟 はこのころ,ネット上で最初の教会との「遭遇」を果たす。英語の教会公式ウェ ブサイト(www.lds.org)にアクセス。「E SS(英語研究部)に所属していたのです が,難しい英語で書かれていたのでそ のときは見送ろうと思いました」苦笑いし つつ本間兄弟は当時を振り返る。

    2度目の遭遇は大学卒業後だった。編 集者になるためのトレーニングの一環と して新約聖書を使って校正作業の練習 をしていた本間兄弟は,記述や教義の疑 問を解決するため再び教会のサイトにア クセスする。2004年秋──「ヘイト長老とマックスウェル長老,お二人の訃報が載っていました」というそのころ,開設されて間もない日本語の教会公式ウェブサ イトは,本間兄弟の真理探究により大き な光を注ぎ込むことになった。

    エゼキエル書にあるユダの木とヨセフ(エフライム)の木の記述から,聖書以外 にもう一つの聖典があることを予感して いた本間兄弟は,ウェブサイト上からモル モン書を求めた。後日,宣教師から,モ ルモン書を渡したいので洗足池の駅に 来るようにとの連絡が入る。そしてその 日,早くも最初のレッスンを受け,改宗へ の道を歩み始めることになった。

    「最低これだけの条件は満たしていな いとこの教会はだめだというチェック項 目を設定して調べていました」という本 間兄弟。その項目には,教会の歴史や 教義のかなり詳しい部分にかかわるもの が含まれていた。聖文が盗まれたことが あるかどうか,アダムとエバが水によるバ プテスマを受けたかどうか,キリストの福 音として和合一致を教えているかどうか……。シンガー長老とギブズ長老を困ら せる気はなかったものの,本間兄弟の真 理探究への情熱は抑えることができず, 繰り出す質問には「宣教師も苦労してい たようです」と笑う。

    改宗の決め手は何だったかとの問い に本間兄弟は「モロナイの約束です」と即 答する。レッスンを受け始めて2か月が過 ぎようとしていた2005年の初め,本間兄 弟は宣教師から,こんなときにはこんな聖句を読めばいいという20の聖句リストをもらって一気に読んでしまう。その 最後,20番目がモロナイの約束(モロナ イ10:4-5)だった。きっかけはウェブサイトであろうとも,本物の証を得るには聖文を研究し,祈り,戒めを守らな ければならないことに変わりはない。

    扉を閉め切り部屋を真っ暗にして外 部からの刺激や要因を断ち切り,モロ ナイの約束を試して誠心誠意祈った本間 兄弟は「腰から上,頭のてっぺんまでが 温かく何かに包まれる感じ」を覚え,モ ルモン書と教会が真実であるという証を 得る。「暖房も切っていたので部屋は寒かったんですが,温かく感じました。」

    「基本的な教え」(ウェブサイトwww. mormon.org)のすべてのページを頭に 叩き込み,受け入れることができるかど うかを検討したうえで改宗を決意した本 間兄弟だが,バプテスマは家族の承諾 を得てから受けることにした。当時24歳, 儀式を受けるのに親権者の承諾を必要 としない年齢ではあったが,家族関係 を壊さないために家族への説得は不可 欠との思いがあった。家の手伝いをし,家族への接し方に気をつけた。「両親に 対しては親孝行になることを,妹に対し てはもうちょっと親身になって接するよう にしました。」努力は実を結び,家族の承 諾も得られ,本間兄弟はめでたくバプテ スマにこぎつけた。ウェブサイトからモルモン書を求めるメールを発信して4か月後のことであった。

    「ウェブサイトは嫌なら見ないですし, 逆に見ているということはそれだけ関心があるということ。強く求める人にきっかけを与えるという点ではいいシステムだと思います。」つい先ごろまでワード宣教 師として奉仕していた本間兄弟は自らの 改宗を顧み,ウェブサイトの可能性に期 待を寄せている。◆