リアホナ2006年2月号若人へのまなざし2 日本人で初めて韓国に召された宣教師

    若人へのまなざし2  日本人で初めて韓国に召された宣教師

    ── 韓国出身の宣教師の良い影響力に導かれて

    高地拓真長老/ 韓国・ソウル伝道部専任宣教師 大阪ステーク大阪ワード出身

    伝道への召しの手紙が届いたと母親から伝えられた高地拓真兄弟は,それを開封するために急いで家へ向かった。自転車を走らせながら何度も祈った。「どうか韓国に召されますように……。」

    高地兄弟が韓国を意識したのは,自分のワードで伝道した韓国出身の長老との出会いからだった。「伝道の最後の3か月間をわたしのワードで過ごした李瑛文長老と高校生だったわたしは一緒によく伝道しました。伝道を手伝い,李長老との信頼関係も強くなってきました。伝道を終えて帰るころ李長老はわたしの母に『拓真兄弟を韓国へ連れて帰ってもいいですか』と冗談交じりに尋ねたんです。それに対して母は『いいですよ』と答えました。」

    李長老が帰国した2週間後に高地兄弟は韓国へ旅行に出かけた。そして,一昨年の12月に宣教師としての申請書を提出する。李長老と一緒に伝道した日々は,高地長老の伝道への思いを高めてくれるものだった。

    「周囲の人からは韓国に召されることはないと言われました。今まで韓国へ召された日本人は一人もいませんでしたから。わたしもそのときは韓国語を話せるわけでもなかったのですが,どうしても韓国で伝道したいという気持ちだけは強まっていました。」──宣教師としての召しの手紙が届いたのが昨年の1月。母親からの連絡で慌てて家に帰った高地長老が開封した手紙には,宣教師として召される任地が記されていた。そこには英文で「Korea Seoul Mission(韓国ソウル伝道部)」と書かれていた。高地長老が,日本人として初めて韓国に召された宣教師になった瞬間だった。

    2月にユタ州のMTC(宣教師訓練センター)へ向かった高地長老はそこで韓国語のトレーニングを受け,その後,韓国へ旅立った。言葉の問題から一時は伝道部を変更することも検討されたが,最終的には,最初の手紙に書かれていたとおり5月に韓国へ赴任することとなった。まだ半年ほどしかたっていないが,「高地長老の韓国語は伝道部の中でいちばん上手」と同僚は話す。ワードの会員たちも高地長老の韓国語の習得の速さに驚いている。「宣教師の中でいちばんうまく韓国語を話せるのは高地長老」と韓国人の会員からも高い評価を受けている。

    対日感情の最前線に立つ

    最初に赴任したのはソウル神殿に近い新村。今は,ソウル郊外の議政府北部で伝道している。

    「最初はつらいこともありました。同僚と一緒に街頭伝道をするときも韓国語があまりうまく話せませんでしたから,韓国人でないことはすぐに分かります。自分は日本人だと言うと話を聞いてくれないこともよくありました。最初の任地でほとんどのことを経験しました。あるとき街頭伝道をしていると,わたしの言葉がよく分からなかった男性が,どこから来たのか尋ねてきました。日本から来たことを伝えると,急に大きな声でどなり始めたこともありました。」

    「こいつは日本人だぞ!悪い人間だ!」近くの露店の人たちや周囲の人に訴えかけるように,声を荒げて高地長老を非難したという。渡された教会のチラシを捨てた男性は「ここに座れ!」と促すと延々と説教を始めた。「独島(竹島)に近い国はどこだ?」男性は政治的な問題を詰問した。しかし,宣教師になっていた高地長老はあまりその問題の詳細を知らなかった。「近い国はどこだ?」と問い詰められた高地長老は平然と答えた。「日本ですって答えたら20分ほど説教をされました」と笑う。「その男性はたくさんのことを話したのですが,わたしは『いい勉強になるなぁ』という気持ちでずっと聞いていました。ショックを受けることはまったくありませんでした。むしろ勉強の機会になりましたね。」

    「すべてのつらいことは最初の2週間で経験してしまった」と話す高地長老にとって,人から非難されたり,無視されることは少しもつらいことではなかったらしい。自分で言いたいことが思うように言えないこと,むしろその方がつらいことだった。路上で男性から説教されたことを思い出しながら「いい勉強でしたねぇ」とつぶやく高地長老。同僚の宣教師が「とても前向きで,おもしろい人」と言うように,高地長老は些細なことには決して落胆しない。「ほとんどの若い人は日本人に偏見を持っていないと思いますが,まだまだ日本人を嫌っている人もいます。わたしは韓国の人たちに対してまったく偏見がありません。このすばらしい福音を伝えられるならば,それだけでうれしいことです。」

    会うべき人を探して

    高地長老と同僚は移動中も常に伝道している。アパートへ帰るときも,目的地へ向かうときも,すれ違う人に気軽に声をかけ,福音に興味があるかどうか尋ねる。そのため,移動時間は倍以上もかかってしまう。生活そのものが伝道時間になっているのがよく分かる。

    韓国の伝道部ではほとんどの宣教師は自転車に乗ることはない。高地長老が伝道するソウル伝道部でも,自転車に乗って伝道している地区は数か所しかない。あとは,移動手段としておもにタクシーを使っている。料金の安いタクシーは宣教師にとっては便利な伝道の道具でもある。「タクシーに乗っているときも神様の教えを紹介します。信号で止まっているときにタクシーのドライバーにモルモン書を紹介し,興味がある人にはプレゼントします。韓国人ではないので興味を持ってもらったり,モルモン書をプレゼントするので無料で乗車させてくれたりと様々な経験をします。」

    タクシーに乗車する以外はひたすら徒歩での移動になる。徒歩では少し遠いような距離でもひたすら歩き,ひたすら行き交う人に話しかけながら移動する。典型的な韓国での伝道方法だと高地長老は話す。できるだけ効果的に働こうと二人の宣教師は時間を惜しみながら話しかける相手を常に探している。「日本と比べればクリスチャンの割合は高いかもしれませんが,まだまだキリストについて知らない人はたくさんいます。」

    新村で伝道していたときの一つの経験は,高地長老に韓国で伝道することへの熱意を再認識させてくれるものだった。「ある男性が路上で宣教師と出会いましたけれど,しばらくしてから徴兵されたためレッスンを受けることはありませんでした。しかし,その男性は頭の隅にいつも宣教師との出会いのことが残っていて,兵役から戻ると再び福音を学びたいと思い宣教師を探しました。ソウル神殿に電話をすると『いちばん韓国語が上手な宣教師を紹介しましょう』と冗談交じりに言われたそうです。そして,神殿の近くに住んでいたわたしたちが紹介されました。最初は電話で話しただけで,会うことはできませんでした。しかし,その男性は,突然日曜日の集会にわたしを訪ねてきました。その後レッスンが始まり,1か月後にはバプテスマを受けました。彼は道で偶然出会った宣教師のことを忘れずに,数年たって真理に導かれました。このような人がここにはたくさんいるように思います。きっといつか導かれる人もいるのでしょう。多くの宣教師と同様に,わたしが強く感じているのは,わたしを待っている人が韓国にいるということです。その人たちをわたしが見つけたり,会ったりしなければならないと思っています。」

    イエス・キリストの大使であること

    韓国で働く宣教師は,個人宅で英会話を教えて,後半に福音を教えるという形で家庭集会を持つことが多いという。子供への言語教育に関心を持つ親が多いことから,高地長老と同僚も子供たちに英語を教え,その後家族に福音を伝える。個人宅での英会話と福音のレッスンをセットにしたプログラムのチラシを見た人からの要望にこたえながら様々な家庭を訪問している。最初のころに比べるとまったく不自由なく韓国語を話せるようになった高地長老は,会員や求道者からの要望もあり,英会話に加えて近々,「日本語会話」のクラスも開講する予定だ。「やるからには本格的に準備しようと思っています」と高地長老は,同僚と一緒に様々な資料を集めている。

    韓国では最近教会の名称が変更された。旧来の名称から,さらにイエス・キリストの教会であることを前面に押し出すような名称に変えられたのだという。「現在の教会の名称を聞くと自分たちがイエス・キリストの教えを伝えている宣教師であることが,もっとはっきりと分かるようになりました。」そう話す高地長老には自信がみなぎっている。見ればネームタッグには最近作ったという,日本語で「高地長老」と書いた紙も貼られている。日本人であることで話を聞いてもらえなかった時期もあったが,今はそれも通り越し,日本人であることを誇りに感じながら伝道の業に携わっているという。

    「なぜ自分が韓国に召されたのだろうか。この質問だけは常に考えながら伝道しています。ここにはたくさんのチング(友達)がいますし,韓国に召されたことはハナニム(神様)に感謝しています。」

    午前中にアパートを出かけてから夜まで戻ることなく伝道する高地長老。今,耳がちぎれそうに寒さの厳しい冬のソウルの町で「なぜ召されたか」と自問しながら,出会う人々に「アンニョンハセヨ!」と声をかけ続けている。◆