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主流派のクリスチャンとしてモルモンの信仰から何が学べるのか
モルモンのページェントを訪れるクリスチャンが,何か敵意を抱かれると思っていたのに,出会ったのは,優しさと真心でした。
ダニエール・エリザベス・タミーニオ, guardian.co.uk, Sunday 24 July 2011 12.00 BST
わたしたち夫婦が,ニューヨーク州パルマイラで高速道路から出たとき,最初に目に飛び込んできたのは,大地と見事に調和した自然でした。一面に茂った低木,密集した森があるだけで,街並みどころか農地もありませんでした。人が緑を管理しようという形跡すらなかったのです。
次に案内板が目に入ってきました。「まもなくページェントの駐車場。停車の用意を」とあります。警察官の案内に従って,わたしたちは畑地を駐車場に変えた敷地に誘導されました。クモラの丘のページェントを見るために,6000台もの車がやってくるのです。 このページェントこそ,モルモン書の歴史を舞台にした90分の一大野外劇。出演者総数800人。全員が末日聖徒。脚本オーソン・スコット・カード。音楽モルモン・タバナクル合唱団。そして火と水がふんだんに使われる40階の高さに相当する舞台装置,というものだったのです。
宗教に関するものなら何にでも興味を持つわたしのような者にとって,どうしてこんなイベントを見過ごすことができましょうか。「今夜おいでいただけて,とてもうれしいわ。」車のドアを開けて出たわたしたちに,駐車場担当者から声がかかりました。「モルモンですか。モルモンみたいですけど。」
「ようこそ。」彼女は微笑みます。「ここでは特別な御霊を感じます。ぜひお二人にも同じものを感じていただきたいです。」自分が考えていたような反応ではありませんでした。しかし,わたしがそれに答える前に,だれか別の人がしゃべり出しています。「ジョセフ・スミスは悪霊に取りつかれたうそつきだった。のぞき石を使って,埋めてあった宝を探していただけだ。」教会に反対する人たちが,拡声器を使って,がなりたてています。「ジョセフ・スミスはうそをついたんだ。それが雪だるまのように大きくなって,今ではモルモン教はセックス・カルトだ。」「イエスは人が神と一つになれるように十字架上で亡くなったのです。」別の反対者が叫んでいます。「でも,モルモンはそんなことは考えていない。恥を知れ。恥を知れ。恥を知れ。」
わたしたちは反対者の中を抜けてページェントの会場に急ぎました。そこに腰を下ろすと,1組の父親と息子がやってきます。まるで「十戒」のセットから抜け出してきたような衣装に身を包んでいます。二人は自分たちの出身地(ユタ)を告げ,出演する場面(回復)がどこか教えてくれました。その二人がいなくなると,また別の出演者が二人近付いてきます。今度は,伝道へ出る直前の二人の10代の女性でした。そのあとには,二人のいとこが続き,さらに母親とよちよち歩きの赤ちゃん,さらに4人家族と続きました。
皆自分がどの場面に出演するのか教え,中には証を述べて行く人もいました。一人は,「なぜご主人はあなたと永遠の結婚をしようと思わないの」(モルモンの文化では,永遠の結婚をしますから)と尋ねてきました。このボランティアたちは皆その瞳が輝いていて,熱心でした。もし彼らがコーヒーを飲んでいたら,わたしは,あの人たちは信仰のカフェイン中毒にかかっているだけよと書いていたかもしれません 。
もしこの人たちのように,準備のために1日に15時間のリハーサルを重ね,1週間のテント生活をしないといけないとしたら,わたしはきっと,荒野で40年の苦行を終わらせてきたような顔付きをしていたに違いありません。
しかし,この教会を有名にしているそうした勤勉さは十分に報われていました。ページェント自体は実にスケールも大きく,「トランスフォーマー」にも負けまいと思わせるほどのものでした。1,000人近い出演者は一糸乱れぬ動きを見せ,大海を渡り,戦いをし,預言者たちを焼き殺します。そしてある場面まで来ると,イエスが輝くローブを身にまとい,夜の星空から地面に降り立つのです。
こここそ感動と霊感を与えようと企画された場面です。わたしたちは,登場人物の名前が皆Lで始まりIで終わるような気がして,多少の混乱はありましたが,劇のストーリーを追えなくなるようなことは決してありませんでした。それぞれの場面では少なくとも登場人物を一人は知っていたからです。
こうした熱意溢れる親切心や親しさは,わたしたちの改宗を促進するための狡猾な戦略だったのでしょうか。だれかコンサルタントがいて,パワーポイントで説明しながら,信仰の売り上げを増すために,様々なヒントを与えている場面を想像するのは,たやすいことかもしれません。人が来たら必ずだれかが隣りに付くように,あまり強制しないように,いつもにこにこしているように,などと言いながら。
しかし,実に高度な知的マーケティングの対象になっていたかも知れないと思う反面,最大のポイントはその真心にあったのも事実でした。皮肉なことに,わたしたちはモルモンから敵意を持たれるかもしれないと心配したにもかかわらず,わたしたちが経験した攻撃と言えば,わたしたちのような,いわゆる「クリスチャン」からのものしかなかったのです。モルモンの人たちは,いつも心温かく,歓迎してくれていました。7倍どころか70倍も温かかったのです。ですから,たとえわたしたちがモルモンの教えに同調することがなくとも,彼らがそれを心の底から信じていることに感動せざるをえなかったのです。
出発間際のわたしたちに,二人の出演者が近付いてきました。一人は改宗者で,もう一人は障がいを持つ10代の若者でしたが,ゆっくりながらも,はっきりとした英語でこう言ったのです。「お二人にぜひわたしの証をお伝えしたいと思います。わたしは,イエス・キリストがわたしたちを救ってくださったことを知っています。イエスはジョセフ・スミスに真理を啓示するために天使モロナイを送ってくださいました。わたしはひざまづいて神に祈って分かりました。モルモン書は真実です。それを心から知っています。」
主流と言われるキリスト教各派は,信仰をどう伝えるかということについて,モルモンから学ぶことも多くあろうとわたしは考えました。それは,わたし自身は彼らの売ろうとしていた宗教を買うことはありませんでしたが,あのような証には疑いの余地がなかったからです。
「わたしたちはクリスチャンです。」そう答えたわたしは,その女性から伝道が開始されるものと思って心配しました。最終的には,モルモンは自分たちの製品を売ることで有名です。わたしたちはただウィンドー・ショッピングをしているだけのつもりでしたが,数時間後には,わたしたちは店の中にいて,ドアには鍵が掛けられてしまうのです。
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