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ソルトレーク・シティー発,2010年7月9日:歴史的に見て,挿し絵は,『モルモン書――イエス・キリストについてのもう一つの証』の中に見られる聖文の話を伝える助けとなっている。画家たちの作品はその概念と内容が様々である。2010年7月1日に他界したアーノルド・フリーバーグ(1913-2010年)の有名な作品には,モルモン書の登場人物が特に大きく筋骨たくましく描かれており,ミネルバ・タイカート(1888-1976年)によって制作された穏やかで,実にロマンチックな印象深い作品や,ウォルター・レーンが用いた現代のリアリズムなど,聖文からの話がカンバス上に生き生きと描き出されている。
「しばしば,絵を描くことがモルモン書についての個人的な証の一部となっています」と,ソルトレーク・シティー芸術歴史家のデーブ・エリクソンは語っている。「場面の迫真性を見ることよりもむしろ,絵を描く目的は,信仰を増すのを助けることにあります。すべての疑問に答えることではありません。」
「フリーバーグの作品は,教会員に対してモルモン書を視覚的に表現するものとなりました」と,教会歴史博物館のロバート・デービスは語る。「人々は聖文の中に自分自身を見ます。自分がどのようであるかを見るのです。そして,フリーバーグにとって,モルモン書の登場人物は,彼自身のスカンジナビア人の血統を持つ強くたくましい人々のように見えたのです。」
現代のモルモン書の画家,ウォルター・レーンは同様のことを述べている。「聖文を基にした絵画で重要なのは,服装や,建物の特徴や,顔の特徴ではありません。見る人が生み出す感性です。」(レーンの絵画のオンライン展示を参照)
開拓時代のユタの画家,ジョージ・マーティン・オッティンガー(1833-1917年)は,若いときの旅の経験を生かし,モルモン書の最初の挿し絵として知られる作品を描いた。オッティンガーは10代のときに,中南米の様々な地域を旅し,幾つかの聖文を基とした絵画を描く際,観察した情景をカンバスに採り入れた。その一つが,「モロナイから版を受け取るジョセフ・スミス」である。
オッティンガーは,同時代のC.C.A.クリステンセン(1831-1912年)ならびにダンクォート・A・ウェッゲランド(1827-1918年)とともに,1891年にデゼレト日曜学校協会から依頼を受けて,聖書の物話を伝えるために,一連のポスターを制作した。「これらの初期の画家たちは,日曜学校のクラスで使用される挿し絵を描きました」と,教会歴史博物館のカーク・ヘンリクセンは説明する。「彼らはニーファイの書からの概念を用いて,教師用視覚教材と現在呼ぶようになった一連の作品を制作しました。」
末日聖徒イエス・キリスト教会の子供たちの組織である初等協会の元中央会長,アデル・キャノン・ハウエルズ(1886-1951年)は,教会の子供たちの雑誌『チルドレンズ・フレンド』(Children’s Friend)に入れて出版するためにモルモン書の話の挿し絵を描くようフリーバーグに個人的に依頼した。ハウエルズは,すべてが雑誌から取り外せ,子供部屋のポスターとして使えるように,12部のシリーズからなる絵を心に思い描いたのだとヘンリクセンは語った。
フリーバーグは,1952年12月号の『チルドレンズ・フレンド』で作品の解説を発表し,その後,1953年1月号から4月号まで4つの挿し絵を加えた。さらに,1954年の最初の4か月に別の4つの絵を載せたが,最後の4つは1961年から1963年の間に断続的に発表された。挿し絵のうちの8つは,1961年にモルモン書のソフトカバー版に初めて発表された。その後の聖典のソフトカバー版には,いまでもフリーバーグの作品が幾つか掲載されている。
もう一人の画家,ミネルバ・タイカートにとって,そのイメージはもっと穏やかで,彼女がよく知り理解していた人々が基になっていた。タイカートは,モルモン書の出来事を解釈して42の壁画から成るシリーズを制作した。彼女の娘,ローリー・タイカート・イーストウッドによると,「長年,モルモン書に記録されている数々の出来事のイメージが,ミネルバの心の中で形になっていました。1949年から1951年までの間に,彼女は,最初は紙に油絵として,その後はメソナイトボードの壁画として,40以上におよぶ場面を絵画のシリーズとして描きました。」
歴史的価値のある創造的な制作を行ったにもかかわらず,タイカートは,それらの挿し絵を出版してもらう努力を繰り返したものの,それはかなえられなかった。タイカートが望んでいたことを,ピーター・B・ガードナーは,『BYUマガジン』(BYU Magazine)に次のように書いている。「彼女は,作品がモルモン書の本文に添えられるように,または宣教師にスライドとして使ってもらえるように,あるいは画集としてさえ販売されるように望んでいた……しかし,だれも彼女の作品を必要としなかった。」失望の歳月を過ごした後,彼女は1969年にそれらの壁画をブリガム・ヤング大学に寄贈した。こうしてついに,彼女の作品はジョン・ウェルチによって編集された1997年版で発表されたのである。
2001年にレーンは,フリーバーグと同じように,モルモン書絵画シリーズ(主題ごとに画集に収められる一連の作品)を制作するよう依頼された。レーンは長年雑誌のイラストレーターであったため,聖文の解釈には不慣れであった。しかし,聖文の挿し絵を描くのに特異な手法を試してみたいと思った。レーンは19の絵画を制作し,それらの絵は『モルモンの手によって:約束の地からの場面』(By the Hand of Mormon: Scenes from the Land of Promise)と題する画集として出版され,また教会歴史博物館で2004-2005年展示会のテーマ作品としても使用された。
そのほか数多くの印刷物にモルモン書の様々な挿し絵が掲載されている。そのすべてが聖文の理解を広げるという意図がある。
「絵を描きながらこれらの人物に近づき,彼らの経験を感じると,彼らが実在の人物のように感じます」とレーンは語る。「彼らの苦闘はわたしの苦闘と同じです。自分の作品を通じて,モルモン書の中の個々の人物に対して,もっと強く親しみを感じるようになりました。絵画を見る人々に同じような経験を味わってもらいたいです。」 |