イエス・キリストの生涯と教え
バナー

今日の言葉

状況を考えながら、いつ神殿の儀式に参加でき、また参加しようと思うかについて、具体的な目標を定めてください。そして、どんなことであっても計画を妨げるのを許さないでください。

リチャード・G・スコット長老 2009年4月

モルモン書から

わたしは主から命じられた事柄を知っており、それに誇りを感じている。わたしは自分自身のことを誇らないで、主から命じられた事柄を誇る。神の御手に使われる者となって幾人かでも悔い改めに導けること、これがわたしの誇りであり、喜びである。

モルモン書 アルマ29:9

現在のことをありのままに

 デビッド・A・ベドナー長老  十二使徒定員会

2009年5月3日にブリガム・ヤング大学アイダホ校に於いて、ヤングアダルト対象の教会教育システムファイヤサイドで話された内容からの引用

兄弟姉妹,皆さんを愛しています。皆さんとともにこの会に出席できることに感謝しています。セミナリー最後の年を迎えている人は,この教会教育システムの衛星放送の部会に初めて出席していると思います。そのような方を特に歓迎します。インスティチュートのクラスに登録し,積極的に参加することにより,霊的な事柄を学び,成長する機会が与えられます。学生生活を続けるに当たって,この機会を十分に活用してください。また皆さんは,将来開かれる教会教育システムのファイアサイドに出席することもできます。このようなファイアサイドは皆さんを強め,祝福をもたらすでしょう。


皆さんとともに学ぶ今日のこの機会を楽しみにして準備を進めていくにつれて,ニーファイの弟ヤコブが抱いていた深い憂いが,よく分かるようになってきました。ヤコブはこう言っています。「今日のわたしは,あなたがたの幸いを願う気持ちと心配がこれまでよりも大きいので,心が沈んでいる。」(モルモン書ヤコブ 2:3)今日皆さんに伝えたいメッセージは,天からの露のように,長い時間をかけてわたしの心に滴り落ちてきたものです(教義と聖約121:45)。現在の生活にも永遠の行く末にもかかわる大切な事柄ですので,よく注意して聞いてください。この集会に聖霊がおられて,皆さん一人一人に教えを授けてくださるよう祈っています。

わたしは,モルモン書に書かれている真理の簡潔明瞭な定義には,以前から感銘を受けていました。「御霊は真実を語り,偽りを言われることがない。したがって,御霊は現在のことをありのままに示し,未来のこともまた,ありのままに述べられる。それゆえ,これらのことはわたしたちの救いのために,わたしたちに分かりやすく示されているのである。」(モルモン書ヤコブ 4:13教義と聖約93:24も参照)

今晩,この「現在のことをありのままに」という言葉で定義される,真理が持つ最初の要素に焦点を当てます。まずは,現在のことをありのままに知り,理解するための教義的な土台として,天の御父の幸福の計画を構成する幾つかの主要な要素を確認します。次に,敵対者が使う攻撃方法について考えます。サタンはわたしたちの目をそらし,現在のことをあるがままに見ることができないようにするために様々な方法を使って攻撃してくるからです。そして最後に,皆さん若者たちにかかっている責任について話します。ますます混乱し,邪悪になっていく現代の世の中にあって,皆さんは従順になって聖なる聖約を尊び,常に物事を現在あるがままに理解する必要があります。

人の神聖な行く末

「家族――世界への宣言」で,大管長会と十二使徒評議会は次のように宣言しています。神の霊の息子,娘としてわたしたちは「神の計画を受け入れました。その計画によって,神の子供たちは肉体を得ることができ,また,完成に向かって進歩して,最終的に永遠の命を受け継ぐ者としての神聖な行く末を実現するために,地上での経験を得られるようになったのです。」(「家族――世界への宣言」Ensign, 1995年11月号, 102; または『リアホナ』2004年10月号, 49)肉体を得ることは,進歩して神聖な行く末を実現する過程に不可欠だったことに注意してください。

預言者ジョセフ・スミスは肉体を持つことの大切さをはっきりと教えています。

「わたしたちがこの地上に来たのは,肉体を得て,日の栄えの王国において神の前にその肉体を清い状態で差し出すためです。偉大な幸福の原則は,肉体を得ることの中にあります。悪魔は肉体を持っておらず,これが悪魔にとっての罰となっています。悪魔は人の幕屋を得ることができれば喜びます。救い主によって追い出されたときには,豚の群れの中に行くことを願い求めました。これは,悪魔は何も持たないよりはむしろ豚の体でも持つことを願うことを示しています。肉体を持つすべての者は,肉体を持たない者を支配する力を持つのです。悪魔はわたしたちが許さないかぎり,わたしたちを支配する力を持ちません。しかし,わたしたちが神から来ているものに逆らうやいなや,悪魔は力を得るのです。」1

肉体を得ると,前世では不可能だった様々な事柄を深く体験することができるようになり,その体験には強烈な印象が伴うようになります。ボイド・K・パッカー会長は次のように教えています。「人の霊と肉体は結合して,肉体は精神に使われるものとなり,人格を築く基となるのです。」2このように,肉体を得るということは人間関係を豊かにする力と真理について理解し,真理に従って行動する力を増し加え,イエス・キリストの福音の原則と儀式に従う能力を高めます。わたしたちはこの世という学校の中で,優しさや愛,親切,幸福,悲しみ,失望,苦しみを経験します。また,永遠に備えるために,肉体的・物理的な制約という試練すら経験するのです。端的に言えば,聖文にあるように,人生には「肉において」学ぶべき教訓と経験すべき事柄とがあるのです。(1ニーファイ9:6アルマ7:12-13参照)  

使徒や預言者たちは,わたしたちの体はこの世でも永遠の世でも大切なものであると常に教えてきました。パウロは次のように言っています。

「あなたがたは神の宮であって,神の御霊が自分のうちに宿っていることを知らないのか。

もし人が,神の宮を破壊するなら,神はその人を滅ぼすであろう。なぜなら,神の宮は聖なるものであり,そして,あなたがたは,その宮なのだからである。」(1コリント3:16-17) 

そして,この神権時代に主は啓示の中で,「霊と体が人を成す」(教義と聖約88:15)と言っておられます。現在も将来も変わらぬ真理は,肉体と霊がわたしたちの現実とわたしたちの真の姿を構成するということです。肉体と霊が分離しないように結合したとき,わたしたちは満ち満ちる喜びを味わいますが,この二つが分離すると,そのような喜びを味わうことはできません。(教義と聖約93:33-34参照)

御父の計画に従えば,御父の子供たちは幸福になり,復活し,昇栄した体で御父のみもとに無事帰ることができます。ルシフェルは神の息子,娘たちを混乱させ,不幸にし,その永遠の進歩を阻もうとします。偽りの父がもくろんでいるのは結局のところ,すべての人が「自分のように惨めになる」(2ニーファイ2:27)ことですから,サタンにとって最も忌むべき御父の計画の要素を間違って解釈させようと努めます。 

サタンには肉体がないため,永遠に成長することはできません。川の水がダムでせき止められるのと同様,肉体がないために進歩が阻まれてしまうのです。御父に背いたため,骨肉の体を通して得られる人生の祝福と経験をすべて受けられなくなりました。サタンは,肉体を得て初めて理解できる事柄を学べません。結婚することもできなければ,子供をもうける祝福や家族の祝福を享受することもできません。全人類が文字どおり経験する復活という現実の出来事もサタンには無関係です。「罰の定めを受ける」という強い意味を持つ言葉が聖文に出てきますが,これは,成長を続けて天の御父のようになることができないサタンの状態を表しています。

肉体は御父の幸福の計画とわたしたちの霊的成長の中核を成すものですから,ルシフェルが人を誘惑して肉体を誤用させ,永遠の進歩をはばもうとしたとしても,驚くには当たりません。まさに肉体を持っていないために惨めな境遇にあるこの敵対者は,肉体を誤用するようそそのかして,人を自分のように惨めな境遇に陥れようとたくらんでいます。永遠の見地から見て非常に皮肉な話ですが,こうしてサタンは,自分は持っておらず,使うこともできないものを最大の攻撃目標として,わたしたちの肉体と霊を破滅に陥れようとしているのです。

敵対者の攻撃

敵対者は肉体を誤用させ,肉体の価値を過小評価させようとします。わたしたちがこの二つの形の攻撃を認識して跳ね返すのは大切なことです。

天の御父の子供の中に肉の幕屋を誤用する人がいると,サタンは喜びます。誤用するとは,純潔の律法を破ったり麻薬その他の習慣性のある物質を摂取したり,肉体に手を加えてその外観を損なったり,自他を問わず美しい肉体を偶像礼拝の対象としたりすることです。救いの計画について知り,理解しているわたしたちにとって,どんな形であれ,肉体を汚すことは神に対する背きであり(モーサヤ2:36-37教義と聖約64:34-35),わたしたちが神の息子,娘であるという事実を否定することなのです。

さて,兄弟姉妹の皆さん,肉体を誤用する方法をすべて告げることはわたしにはできません。「その方法や手段はいろいろあって,数え上げられないほど多いから」(モーサヤ4:29)です。皆さんには正しいことと間違っていることの区別が分かっていますし,なすべきこととそうでないこととを「研究によって,また信仰によって」(教義と聖約88:118)自分で識別し,なすべきこととそうでないことの教義的理由を自分で理解できるようにすることは,一人一人の責任です。わたしは証します。皆さんがそのように努力しようと望み,「自分自身や自分の思い,言葉,行いに注意を払〔い〕,神の戒めを守〔り〕,主の来臨について聞いた事柄を生涯の最後まで信じ続け〔る〕ならば」(モーサヤ4:30),皆さんの霊は啓発され,守られるでしょう。そして,忠実さと熱心さに応じて,皆さんには偽りを見破る力が与えられ,肉体を誤用するよう敵が攻撃してきたとしても,それを跳ね返すことができるようになるのです。

サタンはまた,神の息子,娘をいざなって,肉体の価値を過小評価させようとします。特にこのような攻撃は手口が巧妙であり,非常に邪悪です。悪魔はわたしたちをなだめ,欺いて現世での安全を確信させ(2ニーファイ28:21参照),わたしたちが前世で喜び呼ばわった(ヨブ38:7参照)地上で学ぶ経験を台無しにしようとしています。これを実行するために,悪魔はどのような手を使うのでしょうか。そのことを幾つか例を挙げて説明したいと思います。 

例えば,広範囲にわたる健全で面白い活動,魅力的な活動は,だれでも楽しむことができます。しかし,常識的な範囲を超えた,危険を感じるほどの興奮を際限もなく追及するとしたら,それは自分の肉体を過小評価し,肉体の健康を危険にさらすことになるのです。別に悪いことをしているわけではないし,どう見ても何の危険もない遊びではないか,と主張するかもしれません。でも,単にスリルや面白さを追求するためや自尊心を満足させるため,人から認められるために,経験から学ぶ道具として神が与えてくださった「肉体」を危険にさらすとしたら,結局のところ,肉体の価値を過小評価していることになるのです。

残念なことに,今日の若い教会員の男女の中には,「現在のことをありのままに」捉えようとせず,電子機器を使った娯楽や気分転換,どうでもいい活動など,価値のない束の間の事柄のために,永遠に続く関係をないがしろにしている人がいます。テレビゲームやインターネット上での友達づきあいに病み付きになったことが原因で,聖なる神権の権能によって現在と永遠にわたって結び固められた若い夫婦の結婚生活にひびが入るのを見ると,胸が痛みます。若い男女の中には,精神と霊の感受性を麻痺させるテレビゲームやオンラインゲームをやり過ぎたために時間を果てしなく浪費してしまい,仕事や教育で成果を上げる機会を先延ばしにしたり失ったりしてしまう人,そして挙句の果てには大切な人との関係を犠牲にしてしまう人がいるようです。主が言われたように,「それゆえ,わたしは彼らに戒めを与える。……あなたは時間を無駄に過ごしてはならず,またタラントを隠して,それが知られないようにしてはならない」(教義と聖約60:13)のです。  

心の中でこう尋ねる人がいるかもしれません。「でも,べドナー長老,あなたは今日,人の永遠の進歩のために肉体がいかに大切な役割を果たすかについて話すと最初に言ったではありませんか。テレビゲームやいろいろなタイプのコンピューター上でのやりとりが,肉体の価値を過小評価することにつながるとでも言うのですか。」そうなのです。これこそ,まさにわたしが言わんとしていることです。ご説明しましょう。

わたしたちは,科学技術を使って現実を摸写したり美化したり,仮想現実を作り出したりすることのできる時代に生きています。例えば,医者は,生身の患者を練習台にするという危険を冒すことなく,シミュレーションソフトウエアを使って込み入った外科手術の貴重な疑似体験をすることができます。パイロットはフライトシミュレーターで緊急着陸の練習を繰り返し行い,それによって多くの人命を救えるようになります。そして,建築家や技術者たちは,斬新な科学技術を駆使して洗練されたデザインや建造方法の模型を作り,地震その他の自然災害から人命と建造物を守ります。

こうした例ではシミュレーションやグラフィックの忠実度が高いため,有益な疑似体験ができます。忠実度とは,現実と仮想現実の類似性のことです。人命を救ったり,生活の質を向上させたりするための疑似体験のように,忠実度が高く,良い目的に使われるのであれば,このようなシミュレーションは建設的なものと言えます。

以下に示されている画像は,カリフォルニア州ニューポートビーチ神殿の結び固めの部屋のコンピューターグラフィックの画像です。




完成予想画像

この画像や同じような画像は,新しい神殿を建設する際に,設計やデザインを行う過程で必ず使われます。画像では建材や調度品,照明,大きさ,バランスを確認することができ,完成時には各部分がどのように見えるのか,どのような感じになるのかが分かります。重要な点は,神殿全体とその構成要素が,建設が始まる前にすでに隅々まで設計されているということです。

これは,カリフォルニア州ニューポートビーチ神殿の結び固めの部屋の実際の写真です。


写真

仮想現実の画像(最初の画像)と,実際に完成した部屋の写真を見比べて,忠実度を確認してみてください。

次に挙げるのは,デンマーク・コペンハーゲン神殿のロビーのコンピューターグラフィックの画像です。


完成予想画像

以下の写真は,デンマーク・コペンハーゲン神殿の実際のロビーです。


写真

どちらの例も,忠実度の高い手法が使われています。その最大の目的は,聖なる麗しい神殿を設計し,建設することです。しかし,シミュレーションやグラフィックも,悪い目的で使えば,いくら忠実度が高くても,霊をむしばみ,危険にさらすことになりかねません。神の戒めに背くような行為をやってみるゲームや,「ただのゲームだから」と自分に言い聞かせながら,仮想世界以外では考えることも実行することもないような悪いことを行わせたり考えさせたりするようなゲームがこれに当たります。

今日わたしは,コンピューターによって作り出された仮想空間でのコミュニケーションや体験に対して,使徒として警告の声を上げます。このようなものの中には,霊の感性を鈍らせ,抑え,押し込め,抑圧する影響を与えるものがあるかもしれないからです。このような懸念は今始まったことではありません。同様の懸念はテレビや映画,音楽にも当てはまります。しかし,コンピューターが作り出す仮想世界の中での危険はより広範囲で,強烈です。科学技術を駆使して忠実度の高い仮想空間が作り出され,品位のない邪悪な目的を達するために悪用されています。皆さんにお願いします。このような科学技術にかかわることによって霊の感受性を鈍らせ,霊を損なうことがないように用心してください。

肉体を誤用させられないと分かると,敵対者はある効果的な策略を用います。わたしや皆さんに,自分が肉体をまとった霊であることを忘れさせ,わたしたちの意識を,現在あるがままの生身の生活から徐々に遠ざけようとするのです。つまり,肉体を持たなかった前世にいるかのようにわたしたちを錯覚させ,そのように行動するよう誘うのです。そして,わたしたちがこの誘いに乗ると,現代の科学技術の一端を巧妙に使ってサタンは目的を遂げようとします。どうか気を付けてください。コンピューター上の画像やメール,イヤホンで聴く音楽,オンライン上へのメッセージの書き込み,ソーシャルネットワーキング。このようなものに夢中になったり,病み付きになるほどメディアやインターネットに没頭すると,肉体を持っていることの大切さを忘れ,人との豊かな交流の機会を逃すことになるかもしれないのです。コンピューター上の交信の中には,画像やデータを見ているだけで経験したように錯覚してしまい,現実の世界で実際に体験する機会を奪ってしまうものが数多くあるので,用心してください。

これから読む投稿は,ある女性が,仮想空間で出会ったボーイフレンドに強烈な恋愛感情を抱くようになった話です。コミュニケーション媒体がいかに肉体の大切さを過小評価させるかに注意しながら,よく聞いてください。「PFスライダー(相手の男性のインターネット上での名前)なしでは一日が始まらなくなりました。実際に触れることのできるものはどうでもよくなってしまいました。わたしには体がありません。皮膚も髪の毛も骨もありません。わたしの望みはすべて,脳内に流れ込む思考に形を変えて,前頭葉にさえ届けばそれでよかったのです。外に出かけることもなければ,人づきあいもなく,天気も関係ありませんでした。ただ,コンピューターの画面と電話,自分が座る椅子,それに一杯の水でもあれば,それでよかったのです。」3

このようにならないよう,「各自,気をつけて自分のからだを清く尊く保ち〔なさい〕」というパウロの勧告に耳を傾ける必要があります。(1テサロニケ4:4) 

主の宮で結婚したばかりの,先に挙げた若い夫婦の例をもう一度考えてみましょう。夫婦の片方は未熟で良識に欠けていたために莫大な時間をテレビゲームやインターネット上のチャット,そのほか電子機器が作り出す非現実の世界に浸ることに費やします。そのうち,仮想世界が現実世界に優先するようになっていきます。最初のうちはこのようなことに時間を費やすことには何ら弊害がないように見えるかもしれません。忙しいスケジュールに追いまくられる毎日の中で,少しの息抜きは必要だと言って正当化するのです。しかし,人づきあいの技術を向上させる機会や,ともに泣いたり笑ったりする大切な機会,永続する夫婦の固い心のきずなを築く機会が失われてしまいます。一見無害に見える娯楽も,度が過ぎると人の精神を隷属させることがあるのです。

永遠の伴侶がやさしく抱き締めてくれたときにぬくもりを感じたり,証を分かち合ってくれた人の目の中に誠実さを見いだしたりすることは,すべて肉体という媒介を通してあるがままに経験するものです。一方,忠実度の高い非現実の世界には,永遠に変わらぬ価値はありません。非現実の世界にのめりこんでしまうと,こうした大切な経験をする機会が犠牲になる恐れがあります。皆さんもわたしも,気をつけていないと昔のレーマンとレミュエルのように「心が鈍って」(1ニーファイ17:45)しまうことになりかねないのです。 

現在あるがままの生身の生活から徐々に人を遠ざける例をもう一つ挙げましょう。今日人は,「セカンドライフ」のような仮想世界に入って別の自分になることができます。人は「アバター」という仮想世界の人物を作成して,自分と同じような容貌や行動パターンをそれに与えることができます。または,ありのままの現実とは何の関係もない人物を作り上げることもできます。しかし,新しい自分が本人とどれほど似ていようと,仮想現実での行動は,現実には明らかに存在しません。先ほどシミュレーションやグラフィックの忠実度の意味を説明しましたが,ここでわたしは,人の忠実度の大切さを強調したいと思います。つまり,生身の人間と,仮想空間での仮の人物を一致させるということです。『ウォール・ストリート・ジャーナル』(Wall Street Journal) に載った話をこれからお伝えします。人の忠実度がいかに失われているかに注意して聞いてください。

リック・ホーヘストラートは「髪を後ろで一つに束ね,濃いもみ上げと白髪交じりの濃い口ひげを蓄えた大柄な男性〔53歳〕です。……〔リックは〕夜6時間,時には週末に14時間続けてオランダ人ホーレンベークになります。2メートル6センチの筋肉質の……仮想世界での自分です。このキャラクターは,若くて美しい肉体を持つ美化された外見の〔リック〕です。

〔リックは〕,窓のブラインドを下ろしてコンピューターの前に座っています。……そんなとき,妻のスーは居間でテレビを見ています。ホーヘストラート氏は画面に映る長身痩せ型,赤毛の女性とオンラインでチャットします。

その女性とは,雑誌などで話題になっているコンピューター上の仮想世界「セカンドライフ」以外では会ったことがありません。……電話すらかけたことがないのです。しかし,二人の関係は奇妙な現実味を帯びています。[この仮想世界で]二人は犬を2匹飼い,一緒にローンを払い,ショッピングモールで買い物をし,バイクに乗って遠くまで出かけのです。二人のきずなは非常に強く,3か月前には,赤毛の女性の操縦者であるジャネット・スピールマンという38歳のカナダ人の女性に「セカンドライフ」上での妻になってくれないかとホーヘストラート氏が申し込んだほどです。

正式に結婚している妻は面白くありません。『まったく悲惨な状況です』と7か月前に結婚した妻,スー・ホーヘストラートはこぼしています。」4

兄弟姉妹,わたしは,科学技術がすべて本質的に悪いものだと言っているわけではありません。科学技術は良いものです。様々な機能を利用しないように言っているわけでもありません。適切な使い方をして生活の質を高め,人生を明るくし,教会を確立し,強めるために利用できる機能はたくさんあります。しかし,わたしは警告の声を上げます。仮想世界の人間関係にのめりこんで,真の人間関係を損なうことがないようにしてください。「スタンダード大学の博士課程を最近卒業した学生が行った,ゲームに興じる人たち3,000人を対象にした調査によると,オンラインゲームをする人のうち40パーセント近くの男性と53パーセントの女性が,仮想世界の友達は現実世界の友達と同等かそれ以上に大切だと答えています。[回答した]人の四分の一以上は,過去1週間に起こったことのうちいちばんうれしかったこととして,コンピューター上の仮想世界で起こった出来事を挙げていました。」5

「現在のことをありのままに」という主による真理の定義は,なんと重要かつ普遍で,時宜を得たものでしょうか。「おお,それならば,このことはほんとうではないだろうか」と預言者アルマは問いかけました(アルマ32:35)。光と善は見分けがつき,味わうことができるとアルマは言っています。まさに,「〔御父〕の前に住む者は,……神の完全と神の恵みを受けたので,彼らが見られているように見,彼らが知られているように知る」のです(教義と聖約76:94)。

愛する兄弟姉妹の皆さん,用心してください。コンピューター上の交信で人物像の忠実度が低く,交信の目的が歪んで倒錯した邪悪なものである場合には,霊が損なわれる危険性が非常に高いと言えます。どうか,直ちにその交信をやめてその場を立ち去り,そのような活動には永遠に近づかないでください(2テモテ3:5参照)。 

さて,敵対者の攻撃のもう一つの特徴に目を向けてみましょう。サタンはしばしば,匿名性という幻想で人を誘います。ルシフェルは常に物事をひそかに行おうとします(モーセ5:30参照)。でも,忘れないでください。ブログ上の出来事だからとか,チャットルームで作られたもう一人の自分だからとか,仮想世界でのことだからなどといっても,背教は匿名で行われるものではありません。不道徳な思いや言葉,行いはいつでも不道徳です。仮想世界においても例外はありません。不正直な行為は陰に隠れてだれにも分からないと思われがちですが,不正直であることに変わりはありません。インターネットから音楽を不正にダウンロードしたり,CDやDVDを友人や家族に配るためにコピーしたりすることは不正直な行いです。わたしたちは皆,神に申し開きをしなければなりません。最終的には,行いと心の望みに従って神から裁かれるのです(アルマ41:3参照)。「〔人〕は,その心に思うとおりの人間」なのです(箴言23:7)。

主は,人の真の姿も心の内も,行いも,将来どのような人物になるかも御存じであり,次のように警告しておられます。「背く者は深い悲しみに刺し貫かれる。彼らの罪悪が屋根の上で語られ,彼らの隠れた行いが暴かれるからである。」(教義と聖約1:3

これまで,科学技術の発展とともに目まぐるしく変わる現代の世界で,そこに潜む霊的な危険に対してほんの一部を紹介して警告の声を上げてきました。もう一度言いますが,科学技術や世の中の変化そのものには善も悪もありません。問題の本質は,科学技術も世の中の変化も,ともに永遠の幸福の計画に組み込まれているということです。ルシフェルは肉体を誤用させ,肉体の価値を過小評価させようとするでしょう。サタンは神の創造物として与えられている無限の可能性をわたしたちから奪い,仮想世界で単調な作業を繰り返す作業に甘んじさせようとしています。そして,人間など,作用される立場の死すべき存在に過ぎないと思い込ませます。人間が道徳上の選択の自由を持ち,自分の意思で行動する存在であることを忘れさせようとするのです。肉体をまとった霊たちをそそのかして,御父の幸福の計画とその独り子の贖罪によって可能となった「肉による」祝福と経験から学ぶ機会を奪おうとするのです。

幸福になり,悪に陥らないようにするために,救いの計画の教義をさらに熱心に学んでください。そして,受けた真理について祈りの気持ちで思い巡らすことをお勧めします。思い巡らし,祈りの気持で学ぶとき,次の二つの問いについて考えてください。

  • 1. あなたは,様々な科学技術やメディアを活用することによって自分の生活で聖霊を常に伴侶としているでしょうか,それとも聖霊を遠ざけているでしょうか。
  • 2. 様々な科学技術やメディアを活用することに費やした時間は,あなたの生きる力や愛する力,有意義な奉仕を行う力を高めているでしょうか,それとも,制限しているでしょうか。

皆さんの状況と必要に応じて,聖霊がこれらの質問の答えと,霊感と,教えを与えてくださるでしょう。預言者ジョセフの言葉をもう一度読み,確認します。「肉体を持つすべての者は,肉体を持たない者を支配する力を持つのです。悪魔はわたしたちが許さないかぎり,わたしたちを支配する力を持たない。悪魔はわたしたちが許さないかぎり,わたしたちを支配する力を持ちません。しかし,わたしたちが神から来ているものに逆らうやいなや,悪魔は力を得るのです。」6

人が持つ肉体に関するこれらの永遠の真理を胸に蓄えておけば,皆さんは敵の欺きや攻撃を跳ね返すことができるようになるでしょう。わたしが心の底から願うは,主の復活に対する皆さんの証と感謝の気持ちがますます強くなることです。そして,自分自身が昇栄した日の栄の肉体をまとって復活するのだという証も得てください。なぜなら,「あなたがたが〔主イエス・キリスト〕を信じることで,約束のとおりこれが果たされる」(モロナイ7:41)からです。

若者たち

あるがままの皆さんに向けて明確に話したいと思います。皆さんはまさに,末日聖徒イエス・キリスト教会の若者です。1997年10月に,ニール・A・マックスウェル長老がブリガムヤング大学アイダホ校を訪れ,ディボーショナルで話しました。彼がキャンパスで過ごした日,わたしは福音全般について様々なことを彼と語り合い,特に教会の若者たちについて話し合いました。マックスウェル長老が言った言葉に深い感銘を受けたことを覚えています。彼は,「今の時代の若者には,かつてなかったような従順に従う能力が備わっている」と言いました。  

そして,その考えの根底にあるのは,ジョージ・Q・キャノン管長が説いた次の事実だと説明しました。「神が現代の神権時代のために取っておかれた霊は,この世と戦い,サタンが目に見えない所と見えるところの両方で振るう力に対して対抗し,福音を宣べ伝え,真理を守り,いかなる結果が伴おうとも恐れずに神のシオンを確立し,築き上げるだけの勇気と固い決意を持っています。神は,このような霊を今の若者の世代に送り込んでいるのです。それは,シオンの基をしっかりと据えて二度と覆されることのないようにするためであり,義の内に生き,神と主を何よりも尊んで,いかなる状況に置かれても神に従える子孫を育てるためだったのです。」7 

両親と教会の指導者がよく言うのは,今の世代の若い男性や女性は,世界の歴史の中でも,今の時期のためにとっておかれた霊たちで,最も雄々しい天の御父の子供たちだということです。確かにそのとおりです。しかし,何度も言われているために若い人たちはこの言葉に新鮮味を感じなくなっており,その大切さと真の意味を見過ごしているのではないかと懸念しています。わたしたちは,「多く与えられる者からは多く求められ」(教義と聖約82:3)ることを知っています。そして,キャノン管長とマックスウェル長老の教えから,今日わたしたちには何が求められているかを理解することができます。皆さんもわたしも雄々しくあって,「いかなる状況に置かれても神に従える」ようにならなければなりません。ですから,従順は,末日の善と悪との戦いにおいて若者が頼るべき第一の武器なのです。

主が権能を持つ主の僕を通して今日の若い男女の「標準を引き上げ」られたことをわたしたちは喜んでいます。わたしたちは自分たちが何者であり,なぜ地上にいるのかを知っているので,このような霊感に導かれた指示がだされたことを歓迎し,感謝しています。それと同時にわたしたちは,ルシフェルが肉体を誤用させ,肉体の価値を過小評価するよう人を誘惑することによって,絶え間なく「標準を引き下げ」ようと奮闘していることを認識すべきです。

敵の欺きに気を付けるよう,救い主は繰り返しわたしたちに警告しています。

「そこで,イエスは答えて言われた。『人に惑わされないように気をつけなさい。…… 

それらの日には,偽キリストたちや偽預言者たちも起こって,大きなしるしと不思議を示し,できれば,聖約による選民である真の選民をも惑わそうとするであろう。…… 

だれでもわたしの言葉を大切に蓄える者は,惑わされることがない。」(ジョセフ・スミス――マタイ1:5,22, 37

従順であれば,聖霊が常にともにいてくださいます。御霊の賜物や能力が聖霊の力によって働くようになり,偽りを避けられるようになります。そして,物事を現在あるがままに見,感じ,認識し,理解し,記憶にとどめることができるようになるのです。だからこそ,皆さんもわたしも,あらゆる面で従順になる大きな力を賜っているのです。モロナイはこう言っています。

「主の言葉に聞き従いなさい。そして,あなたがたが必要としているものは何でも,イエスの名によって御父に求めなさい。疑ってはならない。信じなさい。昔のようになり,心を尽くして主のもとに来て,主の前に恐れおののいて,自分の救いを達成しなさい。

試しの生涯にあって賢くありなさい。あらゆる汚れを取り除きなさい。求めるものを自分の欲望のために無益なものにせず,むしろどんな誘惑にも負けないで,まことの生ける神に仕えようという,確固とした決意をもって求めなさい。」(モルモン9:27―28

この霊感あふれる勧告に耳を傾けるならば,わたしたちは今日も,また将来も祝福されて,敵の攻撃を察知し,跳ね返すことができるようになるでしょう。また,予任されている責任を果たして,世界中で推し進められている主の業に貢献できるようになるでしょう。

神は生きておられ,わたしたちの天の御父であられることを証します。神は,救いの計画を作られました。イエスはキリストであり,贖い主であられます。その体はわたしたちのために贖いの犠牲としてささげられて傷つけられ,砕かれ,引き裂かれました。主はよみがえられ,生きておられます。そして,この末日に,主の教会の頭として立っておられます。「主の愛の御腕に永遠に抱かれる」(2 ニーファイ1:15)というのは現実に経験することであって,仮想世界で経験することではありません。 

わたしたちは祝福されて,この世と戦い,サタンが振るうあらゆる力に対抗する勇気と固い決意を持つことができることを証します。正義は勝ちます。いかなる汚れた者の手も,この御業の発展を止めることはできません。これらのことを現在あるがまま,将来あるがままに証します。主イエス・キリストの聖なる御名によって,アーメン。

© 2009 Intellectual Reserve, Inc. 版権所有。英語版承認:2008年10月,翻訳承認:2008年10月 Things as They Really Are Japanese  PD50013503 300

Notes

1. ウィリアム・クレートンによる引用,イリノイ州ノーブーでジョセフ・スミスによって語られたと報告されている日付不詳の説教;L・ジョン・ナトール, “Extracts from William Clayton’s Private Book,” 7-8で引用, Journals of L・John Nuttall, 1857-1904, L. Tom Perry Special Collections, ユタ州プロボ,ブリガム・ヤング大学所蔵;教会歴史図書館に複写所蔵; spelling and capitalization standardized; see also 『歴代大管長の教え-ジョセフ・スミス』 211, 214   

2. ボイド・K・パッカーThe Instrument of Your Mind and the Foundation of Your Character(教会教育システム衛星放送,2003年2月2日),2     

3. メーガン・ダーム, “Virtual Love,” The New Yorker1997年8月25日および9月1日付,82-83;または メーガン・ダーム,My Misspent Youth(2001年),19   

4. アレクサンドラ・オールター,“Is This Man Cheating on His Wife?” Wall Street Journal,2007年8月10日付,W8, W1 

5. アレクサンドラ・オールター,Wall Street Journal,2007年8月10日付,W8) 

6. ウィリアム・クレートンによる引用;L・ジョン・ナットオール,“Extracts from William Clayton’s Private Book,” 8  

7. ジョージ・Q・キャノン ,Journal of Discourses,第11巻,230


完成予想画像

写真