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今日の言葉

ある兄弟が立ち上がって証を述べ、教会員であることの祝福について話しました。温かいものが全身を流れるのを感じました。

ビッキー・F・松森姉妹 2009年10月

モルモン書から

しかし見よ、もしあなたがたが目を覚まし、能力を尽くしてわたしの言葉を試し、ごくわずかな信仰でも働かせようとするならば、たとえ信じようとする望みを持つだけでもよい。わたしの言葉の一部分でも受け入れることができるほどの信仰になるまで、その望みを育ててゆけ。

モルモン書 アルマ32:27

教会の概要 > 日本の教会 > その後の発展
その後の発展

教会が日本に再び設立される

第二次世界大戦後,日本の教会員は何年もの間,教会の代表者と定期的に接触することができませんでした。しかし,末日聖徒の軍人が戦後日本に駐留し,教会の発展に寄与したのです。1945年,佐藤龍猪氏は,勧められたお茶を飲もうとしなかった末日聖徒の軍人に関心を持ち,質問を尋ねていくうちにバプテスマへと導かれました。佐藤氏の家族の何人かも翌年バプテスマを受けました。エリオット・リチャーズ少尉が龍猪氏にバプテスマを施し,後に十二使徒定員会の会員となるボイド・K・パッカー少尉が佐藤姉妹にバプテスマを施しました。佐藤家は,多くの日本人が回復された福音のメッセージを始めて耳にする場所となりました。それから間もなく,第二次世界大戦で日本と戦った末日聖徒の軍人たちが宣教師となり,日本を伝道活動の場として開いていきました。

集会所と神殿

アジアにおける末日聖徒の最初の集会所は,年に,当時教会の十二使徒定員会会員だったゴードン・B・ヒンクレー長老により奉献されました。1975年8月には,教会の大管長であったスペンサー・W・キンボール大管長によって,東京の9,800人の会員たちに,東京神殿の建設が発表されました。参加者の一人はこう語ります。「年配の聖徒たちの幾人かは,目を閉じて大管長の説教を聞いていました。預言者の発表を通訳を介して聞くと,彼らはゆっくりと目を開け,……手を合わせ,頭を下げ,涙を流しました。」東京神殿は1980年10月に奉献されました。 2000年6月11日、ゴードン・B・ヒンクレー大管長の管理の下、日本福岡神殿は世界で88番目の神殿として奉献された。現在日本には約12万人を超える教会員が298か所で集会を開いています。

 
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