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今日の言葉

苦しんでいる人や病気の人、あるいは孤独な人を見つけ、その人のために何かすることです。

トーマス・S・モンソン大管長 2009年10月

モルモン書から

さて、アロンがこれらのことを王に説き明かした後、王は言った。「あなたの語ったこの永遠の命を得るには、まことに、わたしは何をすればよいのか。わたしは何をすれば、この悪い霊をわたしの胸からことごとく取り除いて、神から生まれ、神の御霊を受けて、喜びに満たされ、終わりの日に捨てられなくて済むのか。見よ、この大きな喜びを得るために、わたしは持ち物をすべて捨てよう。まことに、王位も譲ろう。」

モルモン書 アルマ22:15

教会の概要 > 日本の教会
日本の教会の始まり

日本との最初の親交:日本人として最初に当教会と接触したのは岩倉具視とその使節団です。1872年,右大臣であった岩倉具視が,明治新政府の使節団である100人以上の政府要人および社会的指導者を率い,異文化を視察するために世界を旅行したときのことでした。後に首相となる伊藤博文もその一行に加わっていました。この岩倉使節団は雪のためユタ州で立ち往生してしまい,教会の本部があるソルトレーク・シティーに19日間滞在しました。この日本人有力者らは産業,学校,博物館,劇場を視察し,教会の指導者や教会員の家庭を訪問しながら19日間を過ごしました。そのとき以来,日本人と教会の会員との親交が始まったのです。

北アジアに赴任した最初の宣教師:末日聖徒イエス・キリスト教会は北アジアの中でまず日本に最初の宣教師を送りました。1901年8月,ソルトレーク・シティーの初代市長の息子であり,後に教会の大管長となったヒーバー・J・グラントがほかの3人とともに横浜に到着しました。一行は自費で来日したのです。グラントに同行して来日したのは,タバナクル合唱団の副隊長であったホレス・S・エンサイン,経験を積んだ教会の宣教師,ルイス・A・ケルチ,そして18歳の青年で,葬儀業を営む父親のもとで働いていたアルマ・O・テーラーでした。

日本の奉献:どの土地であっても,宣教師は人々を教える前に祈りをささげ,彼らの働きとその地の人々のうえに神の祝福を請い求めます。1901年9月1日,ヒーバー・J・グラントとほかの3人は,イエス・キリストの福音を宣べ伝える地として,日本を奉献する祈りをささげました。

日本におけるモルモン書:アルマ・O・テーラーはほぼ9年間,日本にとどまりました。テーラーは日本語を学び,5年近くかけてモルモン書を日本語に翻訳しました。テーラーは,最初はローマ字でこの聖典の翻訳草稿を書き上げました。そして,日本語のモルモン書は1909年10月10日に出版されました。革で装丁され,金で縁取りされた特別版が天皇皇后両陛下,皇太子皇太子妃両殿下,その他の政府高官に贈呈されました。

伝道の休止:日本と合衆国間の緊張が高まった時代に,日本での伝道は中止されました。しかしハワイの日系人に福音は引き続き教えられました。ハワイの日系人会員の多くは,戦後教会が日本での伝道を再開したとき,宣教師や指導者として来日しました

 
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