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LDS ニュースルーム,2011年12月12日――ソルトレーク・シティー
神が人類に語られるという考えは,一部の現代人には受け入れられない感覚だ。現代の人たちは,神は遠い存在である方が安心と考えている。それに,信仰のある人の中にも,いにしえの時代に神が預言者に語られたことは信じるものの,それは昔のことだと決めつけてしまいがちな人は多い。これに対して,末日聖徒イエス・キリスト教会の会員の信条は独特だ。モルモン教徒は「神がこれまでに啓示されたすべてのこと,神が今啓示されるすべてのこと」を信じ,「神がこの後も,神の王国に関する多くの偉大で重要なことを啓示される」と信じている(信仰箇条1:9)。
啓示とは,広い意味では,神から与えられる導きや霊感といえるだろう。それは神が,地上にいる神の子供たちに,それぞれの言語で,それぞれの理解力に合わせて真理と知識をお与えになるということだ。簡単に言えば,未知の事柄を明らかにすることを意味する。宗教が啓示の上に成り立つという考えは,特に目新しいものではない。聖文に出てくる非常に大切な教訓の一つは,人類は過去に繰り返されてきたことを顧みないために将来の危険をなかなか察知することができないというものがある。人は神を求め,自分を理解しようとする。個人にも神から選ばれた指導者にも与えられる啓示には,人々のそのような要求にこたえるという役割が,いつの時代にもあった。
聖書に出てくる啓示は,「燃えるしば」のように劇的な示現から,「静かな細い声」が聞こえるといったおだやかなものまで様々だ。一般にモルモン教徒は,神からの導きは静かに与えられ,神の御霊から印象や考え,感情という形で与えられると考えている。
啓示は,祈りを通して神と対話した後で与えられることがいちばん多いようだ。問題が起こったとき,その問題を様々な側面から検討し,十分な信仰をもって神に尋ねると,神は部分的あるいは完全なこたえに導いてくださる。啓示とは突き詰めれば霊的なものだが,啓示を受けるためには注意深く考えることも必要だ。神は無条件で物事を教えてくださるわけではない。よく祈って調べ,筋道を通して考えることを神はわたしたちに望んでおられるのだ。
モルモン教徒は,人が神と個人的に話そうと努めるように,神も人と個人的に語られると主張している。神は人の生きる道に関心を持ち,必要な導きを惜しみなく与えようとしておられる。神の導きを求め,導きを受けるならそれに従う人に,神はこたえてくださる。人生で啓示を受けるとは,神の存在を認め,神の愛を感じることだ。
末日聖徒が啓示を受ける場面を幾つか紹介しよう。家庭では,父と母がひざまずいて祈り,子供をどう育てるか,どこに居を構えるか,どの仕事に就くか,どうすれば隣人を助けることができるかなどについて,霊的な導きを受ける。教会の中では,教区の会員の中からだれを指導者や教師として選ぶか,失業者の家族にどのようにして食物を届けるか,混乱する世の中をしっかり生きていけるよう青少年をどう導いたらよいかなどを知るために,地元のビショップが祈る。
同じプロセスは,教会上層部の指導者の間でも取られている。モルモン教徒は,大管長会(大管長と二人の顧問から成る)や十二使徒定員会など,経験豊かで霊感あふれる指導者が与えられていることを祝福だと考えている。これら上層部の指導者は,教会全体にかかわる広範囲の事柄について啓示を受ける。彼らはこのように霊感を受けて教会の諸事を管理し,教会員に今必要なことは何かを見極める。全世界的な大会である総大会の話者(男性も女性もいる)は,話すべき事柄を知るために霊感を祈り求める。神の御心を知ろうと熱心に祈ると,心が開かれ,御心が分かるようになる。教会の指導者が任務を果たすのに必要な啓示を受けるように,各個人も,それぞれの生活の中で必要な啓示を受ける。啓示は,普通の会員であろうと上層部の指導者であろうと,その中間であろうと,教会のすべての会員に与えられるのだ。
川の水が岸に沿って流れるように,教会の指導者が受ける啓示も,秩序に従って与えられる。例えば,教義や管理,指針の決定は,過去の先例に照らし合わせて十分に考慮したうえで行う。基本的な啓示や教会の教えを基に決定されるのだ。教会の指導者は,聖文や教え,慣習,伝統という確立された基礎に立って,将来の道筋を決めて行く。
教会の運営は,どの段階でも,評議会で話し合って行われる。相談しながら行うので協力が得やすく,いろいろな考えや意見を取り入れることができる。重要事項については,全員の意見が一致しないかぎり決断を下すことはない。
しかも,教会の中での権限は「説得により,寛容により,温厚と柔和により,また偽りのない愛により」(教義と聖約121:41)行使される。教会では,霊感を受けて決定を下したり権限を行使したりすることは神聖な特権であり,「天の力」は,「義の原則」に従ってのみ働くということを,指導者も個々の会員も理解している(教義と聖約121:36)。
この啓示のプロセスは,昔と同じように続いている。モルモン教徒の信条は,神学校の学生に教えたラルフ・ウォルドー・エマソンの信条と同じだ。エマソンはこう教えた。「神はおられる,おられたではない。神は語られる,語られたではない」と教えた。使徒であるジェフリー・R・ホランド長老はこう述べている。「わたしたちは,人生に直接かかわってくださる神を信じている。(わたしたちが信じているのは)沈黙の神でも不在の神でも〔ない〕。」 |