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このブリガム・ヤングからの引用は福音を分かち合う教会員にも、求道者にもあてはまれるのではありませんか。
これが神のみ業であることを証明できるのは……聖なる御霊以外にありません。神の霊感を受けていない人は、それに対する反証を挙げることも、それに打ち勝つこともできません。また、人間の知恵だけでは、自分自身を含めてだれに対して、その真実性を証明することはできません。しがし、人間の知恵をもって反駁(はんばく)できないからといって、その自体が神の王国であるということの証明にはなりません。この世の中には、一般的な知恵によって議論の余地なく明らかにされ、確かに間違いのない理論や仮説が数多くあるからです。人の理解力を啓発する全能者の力以外に、この輝かしい真理を人の心にはっきりと示すことはできないのです(DBY, 430–31)。
良き羊飼いの声とそうでない者の声を聞き分けるにはどうしたらよいのでしょうか。この疑問に答えられる人がだれかいるでしょうか。わたしにとっては、それは非常に簡単なことです。この世のすべての哲学者の方々に申し上げます。皆さんの目は欺かれることもあります。わたしの目もそうです。皆さんの耳は欺かれることもあります。わたしの耳もそうです。皆さんの手の感覚は欺かれることもあります。わたしの手の感覚もそうです。しかし、人の心を啓示と永遠の光で満たす神の霊感は間違えられることはありません。神から与えられる啓示は決して間違えられることがないのです。神の御霊に満たされた人は天の真理を宣言すると、羊はその声を聞き(教義と聖約29:7)、主の御霊は人の心の内に生じる聖霊の光の証によって魂を深く貫き、その奥低にしみ入ります。そして人は自分自身で理解できるようになるのです。(DBY, 431).
神の御子の福音の真実性を証するものはただ一つしかありません。それは、神の御子が弟子たちに授けられた御霊です。神の御心(みこころ)を行ってください。そうすれば、人の語る言葉が、御父の権能によって語られたものか、その人自身によって語られたものかが判断できるようになります。主から命じられたとうりに行ってください。そうすれば、神から与えられた教えかそうでないかを判断できるようになるでしょう(ヨハネ77:16-17)。御霊の啓示による以外に、神にかかわる事柄を理解することはできないのです(DBY, 431–32)。
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