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今日の言葉

わたしたちは,福音の第一の原則と儀式とは,第一に主イエス・キリストを信じる信仰,第二に悔い改め,第三に罪の赦しのために水に沈めるバプテスマ,第四に聖霊の賜物を授けるための按手であることを信じる。

信仰箇条 第4条

モルモン書から

求めなさい。そうすれば、与えられるであろう。捜しなさい。そうすれば、見いだすであろう。たたきなさい。そうすれば、開かれるであろう。すべて求める者は与えられ、捜す者は見いだし、たたく者には開かれるからである。

モルモン書 第3ニーファイ14:7-8

伝道 > ストーリー > 我が家の受け継ぎ
我が家の受け継ぎ

武蔵野ステーク吉祥寺ワード

鈴木  茂

我が家では、「自分の連れ合いについては、自分が責任を持って改宗を手伝う」ことが、受け継ぎとなっている。既に3代全員にわたってこれを実行している。

1820年に聖なる森の中にあった木が少し残っています。
それらの木は最初の示現の「証人の木」と呼ばれて
います。このキナノキは証人の木の一つです。

母が、隣家の奥さんに「モルモン教会の宣教師のレッスンを受けることになったので、一緒に参加してくれないか」と頼まれたのは、今から60年近く前のことだ。そして、夫に極めて従順な典型的な日本婦人であった母の初めての自己主張が改宗だった。更に母は、「夫の改宗計画」をスタートさせた。しかし、それは並大抵な苦労ではなかった。父は頑なに福音を聞くことを拒んだ。父に内緒で宣教師を家に呼ぶと、いつも父は、裏口から逃げ出していた。母は主に祈った。「神様、夫になんとしても福音を聞く機会を与えてください」 やがて、神様は、この祈りに応えられた。父は重い胃潰瘍になり、長期入院となったのだ。母は病室に毎日宣教師を送り込んだ。父は逃げたくてもベットから動けなかった。父は怒って、何度も怒鳴った。「やめろ。出ていけ。」

でも、宣教師はそれにめげず、母の願い通りに毎日病室に通い、福音を述べ続けた。やがて父の怒鳴り声は小さくなり、止み、そして、明らかに福音に耳を傾けるようになった。退院の日、父は宣教師に言った。「バプテスマを受けさせてください」 父の、「罪深い自分としては、もっとも清いところでバプテスマを受けたい」との希望を受けて、山形市内を流れる馬見ヶ崎川のはるか上流の厚い氷に開けた僅かな隙間でバプテスマは執行された。この出来事は、当時の「聖徒の道」や「チャーチニューズ」に掲載された。

私は、15歳の春に教会のMIAの集会で、一人の非教会員の女性と出会った。初めて会ったときに、どういうわけか、「この人と結婚する」という言葉が、頭を過った。同時に、なんとしても、「この人を改宗させなければならない」と思ったのだ。そして、多くのことを計画し、実行した。16歳になって、祭司の職に聖任された時に、支部長に真っ先にお願いしたのは「会田姉妹のバプテスマを私に施させてください」だった。 そして、私が施したバプテスマの第一号が会田姉妹になった。それから10年、会田姉妹を追い掛け回して、結婚し、私達は永遠に結び固められた。あの15歳の春から、あと数年で50年になる。私達は、男女二人の子供を授かった。


長男は、今から10数年前の大学生の時に、サークル仲間の非教会員の女性と知り合った。すぐに惹かれあうようになったが、長男は、急がなかった。長男の父と母(すなわち私と妻)が、「教会員以外との結婚は認めない」と、言明していたこともあり、「ここは慎重に事を運ばなければならない」と考えたからだ。知り合って5年が経過した頃、二人は結婚を強く意識するようになり、この女性は、長男の生活スタイルを見て、自然に、「結婚するなら同じ宗教になるべきだし、鈴木君が信じている宗教をもっと知りたい」と考えるようになった。そして、宣教師のレッスンを受けることにした。長男の清水ワード通いが始まった。必死だった。そして、父親と同様、自分の将来の結婚相手に自らバプテスマを施す機会を得た。また、結婚して神殿で結び固められ、現在、男の子と女の子を授かっている。

長女は、6年前の友人のコンサートで、一人の海上保安官のパイロットに出会い、心ひかれ、遠隔地の付き合いが始まった。福音を伝えようとしたが、取り合ってくれなかった。そればかりか、お互いに結婚を意識するようになると、彼は「君の両親は、非教会員を差別しているように見える。おかしい。」とまで言い、いつもけんかになった。長女は悩み、幾度も心が挫けそうになった。その度に、神様に、答えを求めて祈った。やがて彼が三重から釧路に転勤することが決まった時、長女は、意を決して彼に言った。「自分と本当に結婚したいのなら、宣教師のレッスンを受けて、改宗して欲しい」と。彼は、とうとうそれを約束した。しかし彼の勤務は不規則で、レッスンはスムースには進まなかった。その時に、釧路の支部会長はじめ皆さんが本当に親身になって助けてくださったのだ。長女も必死だった。そして彼は、バプテスマを受けた。按手礼を施したのは、私だった。それから二人は、私たち両親の勧めに従い、さらに1年頑張って、この7月に神殿結婚した。この8月には、「福音を中心にした生活をさらに極めたい」との考えもあり、海上保安官を辞し、ユタ州立大学への留学に旅立った。

これが、私の家族の3代全員の受け継ぎである。出来れば、さらにこれを孫とその先に繋げていきたい。そして、私たち家族は、教義と聖約18章15節「・・生涯力を尽くし、一人でもわたしのもとに導くならば、わたしの父の王国で彼とともに受けるあなたがたの喜びはいかに大きいことか」という聖句をいつもかみしめている。

 
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